「この村は、梅のおかげで生きてこられた。村のものは恩返しをしながら梅のために生きているんです」と、地元のおばあちゃんが静かに話してくれた。


南紀白浜空港から車で約40分、和歌山県田辺市にある梅干しの里、石神地区を訪ねたときのことだ。江戸時代から梅の栽培を続けるこの山間の地には、ころげ落ちそうな急勾配の斜面に梅の木が生い茂る。日照時間の長さや寒暖差、水はけのよさなど旨い梅の条件が整った環境……とはいうものの、作業する人たちは大変だ。しかも、梅の実をもぎ取るのではなく、熟して自然に落ちたものを手で拾い集める(地面に落ちて傷つかないようにネットが張ってある)。


それを職人たちが加減を調節しながら塩漬けし、1週間ほど天日に干す。しっかり日が当たるように、一つ一つ手で裏返しながら。「手間がかかりますね」と言ったら、「手間ではありません。梅に美味しくなってもらうためには欠かせないことですから」と。本当にみんなが梅のことを思っている。


個人的な好みで言えば、塩辛い梅干しが好きだ。塩がしっかり効いてこそ、梅の味やパワーがわかるから。石神の梅干しも塩辛いほうがその美味しさが出る。なかでも有機白干は、梅と塩だけという原点の味わいで、農薬や除草剤不使用などという説明を超越した梅そのもののパワーを感じる。梅干しはこうでなくちゃ、と思う。これを齧ってごはんを頬張れば米の甘味をくっきりと感じられるし、蒲鉾に添えれば上質な旨味を引き出す。旨い梅干しはなんでも旨くする。そして、和歌山名物の茶粥(米を茶で炊いた粥)に入れて食べたい。冒頭のおばあちゃんにふるまってもらった梅干し入りの茶粥は、最も素朴で、最高に贅沢であったから。

石神邑 『石神の梅干 有機白干』
500g 2,160円(税込)


植野広生
うえの こうせい/食の雑誌『dancyu』編集長。1962年、栃木県生まれ。大学卒業後、新聞記者を経て経済誌の編集者に。その傍ら、『dancyu』『週刊文春』などで食の記事を手がける。2001年にプレジデント社に転職し2017年4月より現職。テレビやラジオでも活躍中。

(SKYWARD2020年8月号掲載)
※記載の情報は2020年8月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。
※最新の運航状況はJAL Webサイトをご確認ください。