アテのない旅という響きにどれだけ憧れたことか。飛行機を利用できるようになる頃から時間と闘う日々を強いられ、売りたくなるほど時間が余った青春時代は財布の紐自体がなかった。人生とはCMの長谷川潤のスマイルほど完璧ではない、そんなモヤモヤを窓から見下ろす雲の上、波打つ純白のカーブになだめられながら不自由と自由というワードを思い出す。


そう、人はいつも不自由と自由に翻弄される。オフィスでは私服可という遠回しな不自由、無酸素の宇宙は国籍も宗教もないでき過ぎの自由。法定速度で走るフェラーリに禁煙車両横の喫煙室。挙げればキリのない不自由・自由の渦をどうにかこうにか乗りこなす、そんな我々に唯一残された選択肢が“ちょうどよい”を探す旅だ。


“ちょうどよい”イコール実は最&高説。老舗ハンバーガーショップのポテトの塩加減のみならず、多くの人々が永く愛してやまないモノすべてに“ちょうどよい”は宿る。そして空の上、旅の途中、『ミッション:インポッシブル』に飽きる頃、すべての瞬間にちょうどよい曲としてお薦めするなら、ジャネット・ケイの「Lovin’ You」が“ちょうどよい”。


拍子抜けするほど有名な曲だが、ミニー・リパートンのオリジナル版や数多存在する他バージョンでなく、「ソフトレゲエ調の宝石箱や」と唸らずにはいられないこのジャネット・ケイの歌声さえあれば、旅先での少々の問題は解決する。限りなく甘くそれでいて涼やかな純イングランド産のボーカルが箇所箇所シャープする背景に、一発録り風のレゲエビートが流れてゆく。


誰しもが知る曲を、これほどまでに呑気に心地よく奏で得たその音像は、まさに不自由と自由の間を優雅に乗りこなす術を教えてくれるかのよう。4分弱のアテのない旅、サビをlalalaのみで乗りこなす粋も、おそらくは永遠の憧れ。

『スルー・ザ・イヤーズ〜グレイテスト・ヒッツ&モア』
ジャネット・ケイ


玉井健二
たまい けんじ/音楽プロデューサー兼agehasprings CEO。YUKI、中島美嘉、JUJU、Aimerら数々のアーティストのヒット曲を創出する傍ら、蔦谷好位置、田中ユウスケ、田中隼人、百田留衣など気鋭のクリエイターを続々と発掘し世に送り出す。11年のメジャーデビュー前よりAimerのプロデュースおよびマネジメント代表を務める。

(SKYWARD2020年3月号掲載)
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