どんなにプロ化が加速しても、どんなにスーパースターが一般庶民の手の届かない存在になっても、フットボールの原点は変わらない。リオネル・メッシはそんなこのスポーツが本来持っているプリミティブな魅力を体現する代表的な選手の1人だ。

 規格外のセンスについては異論を挟む余地がないが、そのうえで、ピッチでエモーションを共有することができる仲間を持つことが勝利への一番の近道であることを直感的に理解してプレーしている。

 メッシにとって最良の相棒はルイス・スアレスだ。彼にとってこのウルグアイ人FWはチームメイトという以前に、全幅の信頼を寄せる大親友である。その強固な信頼関係が後押しし、試合中においてもふたりの間には異空間のような空気が醸成されている。

 ボールを介してお互いが認め合い尊重し合い助け合い、唯一無二のコンビを形成している。ゴール前でパスかシュートかの二者択一に迫られた時、自らが得点を決めてヒーローになるよりも、アシストして相棒にその栄誉を譲ることを優先する。もちろんそのままゴールが決まると、自らが得点した時と同じように喜びを分かち合う。
 
 そのルイス・スアレスが長期欠場中のいま、メッシが新たな相棒に指名したのがまだ少年の面影を残すアンス・ファティだ。ふたりは補完性も高く、実に自然体でコンビネーションを奏でている。メッシがアンス・ファティをどれだけ可愛がっているのかはその1本1本のパスに込められた意図を読み取れば一目で分かる。

 そう、メッシのパスには様々なメッセージが内包されている。彼はアンス・ファティとパスを交換しながら、こう訴えているのだ。

「俺はこの少年にいつもそばにいてほしい」

 しかしピッチを離れると、メッシが放つメッセージは時に強烈な一撃を浴びせる。

「多くの選手は(エルネスト)バルベルデに満足していなかった。努力が十分でない者もいた」

 先日、エリック・アビダルのこの発言が大きな物議を醸した。言葉をそのまま額面通りに受け取れば、選手たちはバルベルデが続投することを望んでおらず、その結果、練習に身が入らない状態だったと解釈できる。
 
 アビダルはバルサのテクニカル・ディレクターだ。その強化部門のトップが選手たちのプロ意識の欠如を指摘したのだ。本来フロントと現場の橋渡し役を果たすべき人間が、デリカシーのない発言でクラブ内外を巻き込む内紛騒動を起こした。

 そこでメッシが立ち上がった。チームの攻撃をほぼ一手に引き受けているうえに、前監督解任の緊急事態を招いた責任まで押し付けられ、我慢の限界に達したのだった。普段は口数が少ない彼が、自身のインスタグラムを通して強い口調で反論を展開した。そこにはキャプテンという立場を隠れ蓑にすることのない、意を決した姿があった。

 メッシは長年の経験で自らの沈黙が周囲に不安を与えることを熟知している。同時に自らが放つ言葉が持つ発信力の強さも自覚している。今回もこのメッセージがクラブに激震を走らせた。
 
 アビダルは当面は続投することになったが、彼もいつもの政治的判断で事態の鎮静化を図ったジョゼップ・マリア・バルトロメウ会長も今回の一件で無傷では済まされないだろう。

 混迷続きのバルサは選手たちのタレントによって支えられている。メッシはこれからも変わらずにチームを牽引し続けるだけだ。

文●ホルヘ・バルダーノ
翻訳:下村正幸

【著者プロフィール】
ホルヘ・バルダーノ/1955年10月4日、アルゼンチンのロス・パレハス生まれ。現役時代はストライカーとして活躍し、73年にニューウェルズでプロデビューを飾ると、75年にアラベスへ移籍。79〜84年までプレーしたサラゴサでの活躍が認められ、84年にはレアル・マドリーへ入団。87年に現役を引退するまでプレーし、ラ・リーガ制覇とUEFAカップ優勝を2度ずつ成し遂げた。75年にデビューを飾ったアルゼンチン代表では、2度のW杯(82年と86年)に出場し、86年のメキシコ大会では優勝に貢献。現役引退後は、テネリフェ、マドリー、バレンシアの監督を歴任。その後はマドリーのSDや副会長を務めた。現在は、『エル・パイス』紙でコラムを執筆しているほか、解説者としても人気を博している。

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