大きな注目を浴びる形で始まった本田圭佑とボタフォゴのストーリー。しかし、この物語は、明日、いや今日にでも終わってしまう可能性もある。

 なぜならリオに来てそろそろ一週間が経とうとしているのに、なんと本田はまだボタフォゴとの正式な契約を交わしていないのだ。選手もチームも、互いに契約書にはサインをしていない。つまり、本田はまだ「ボタフォゴの選手」ではないということだ。

 鳴り物入りでやってきた元日本代表MFは、ブラジルの滞在ビザも労働ビザも持っていない。ブラジルの法律に照らし合わせれば、彼はただの観光客である。日本人がビザなしでブラジルに滞在できるのは90日間だ。

 一般的に労働ビザを取得するには少なくとも2、3週間はかかる。そしてこの滞在ビザと労働ビザがない限り、本田は正式にボタフォゴと契約を結ぶことができない。当然、試合には出場できない。今のところ、ゲストとして練習することしかできないのだ。
 
 契約をしていないので、もし本田が明日ブラジルを去っても、ボタフォゴは文句も言えないし、逆にクラブが本田のホテル代の支払いをストップしても、法的に何の問題もない。

 長くサッカージャーナリストをしているが、このように契約を交わす前に選手がやってくるのを見たのは初めてだ。通常はブラジルに来る前に、大使館などを通じて、ビザを申請し、取得するものだ。しかし、彼らはそのビザの発給を待てなかった。「正式な契約」を結ぶより早く、とにかく「既成事実」を作りたかったのである。

 そこには双方の思惑が見え隠れする。クラブ側は本田の獲得で、低迷するチームに不満を募らせているサポーターの気持ちを盛り上げたかったのだ。そして選手側は、おそらく東京オリンピックを見据えてコンディションを上げるために、一日も早くチームに入って練習をしたかったのだろう。
 
 もうひとつ「カネ」の問題もある。ボタフォゴが財政面で問題があるのは周知の事実。少なくとも8億レアル(約200億円)の借金があるとも言われている。
 
 現所属選手たちの給料の支払いも滞りがちだし、さらに新たにアルベルト・ヴァレンティン監督への違約金100万レアル(約2500万円)を支払わなければいけない。本田の報酬はそれほど高くはないが、それでもこのクラブにとっては小さくない出費で、それを保証できない可能性もある。

 ただ契約をしない限り、支払い義務は発生しないし、それでも“新戦力”としてアピールできる。さらに、この半年間ほとんどプレーしていない33歳が、本当に使えるか選手かどうかを吟味することも出来る。ビザの申請が遅れているのも、そうした目論見があるのかもしれない。

 カンペオナート・カリオカ(リオ・デ・ジャネイロ州選手権)の後期は(前期は先日フルミネンセ戦で敗退した)、2月23日より始まる。しかしここ数日のうちに、運よくビザが発給されればよいが、そうでなければこの試合にも間に合わないかもしれない。

 世界に誇るリオのカーニバルは、その2日前の21日に幕を開ける。もしこのまま契約が遅れれば、本田はしばらく、観光客としてカーニバルを楽しむほかないかもしれない。

取材・文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。
8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。