アーセナル、マンチェスター・シティ、リバプールと、プレミアリーグの強豪で活躍した元コートジボワール代表のコロ・トゥーレは、引退後に指導者に転身し、現在はレスターでコーチを務めている。

 弟トゥーレ・ヤヤも、シティで長く活躍した選手だ。シチズンズ(シティの愛称)のサポーターは今でもトゥーレ兄弟に捧げるチャントを歌うほだ。英公共放送『BBC』で、K・トゥーレは弟について「自分と比較はできない」と述べた。

「弟が私よりも優れた選手だったのは確かだ。私よりも才能があり、優れていた。だが、私のほうが競争的だったね。ハードワークした。もしもヤヤが彼の才能で私ほどの仕事をしていたら、彼はバロンドールを受賞していただろう」

 シティ時代にK・トゥーレは、ドーピング違反で長期の停止処分を科された。肉体維持のために、妻の薬を飲んだことが原因だ。

 本人は「とても、とても難しかった」と振り返っている。

「私は体重にとても気を付けていて、今でも毎日計っているんだ。キャリアをスタートさせた時からそうだった。2、3キロ増えると別の選手になってしまう。だからトイレの回数を増やすようにした。何も間違ったことはしていないと思っていたんだ。分かった時はショックだった」

 特に、娘に言われた言葉が重くのしかかったという。

「娘に『ドラッグやったの?』と言われたことはとても辛かった。学校で『お前の父親がドラッグをやったからテストしなきゃ』と言われたんだよ。『ドラッグ』はコカインなどではなく、禁止物質だと説明しなければいけなかった。彼女を傷つけてしまったと感じたよ」

 引退後に指導者を目指したのは、世界に何ができるかを考え、経験や知識を若い世代に伝えたいからだ。だが、アフリカ出身であることも大きい。

「イングランドや欧州のトップリーグに、アフリカ人監督は多くない。いつだって、だれかが始めなければいけない。そしてほかの人たちがついていくんだ」

 そして、大きい夢を持たなければいけないと自覚している。K・トゥーレは「いつかアフリカのチームがワールドカップで優勝するのが夢だ」と述べた。

「20年、30年かかるかもしれない。自分が挑戦するひとりになるかもしれない。でも、今はまだ実現しておらず、次の世代に委ねられる。でも、そのためにわたしは働いているよ。それが目標だ。何かを成し遂げるには、それを夢見なければならない。夢を見なければ、決して何も手に入らないんだ」

 アフリカ勢が世界を制覇する日は来るのか。そして、それを成し遂げるのはK・トゥーレなのだろうか。

構成●ワールドサッカーダイジェスト編集部