サッカーとは誰のためにあるのだろうか。

 ヨーロッパが新型コロナウイルスの影響を受ける2週間ほど前の2月29日、ブンデスリーガ第24節のホッフェンハイム対バイエルン戦が、二度も中断されるという騒ぎがあった。その理由は、サポーターの行動にあった。

 試合中に、バイエルンのファンブロックで、ウルトラスグループが「ホップ、売春婦の息子」と、ホッフェンハイム会長デットマール・ホップを侮辱するバナー(横断幕)を掲げたのだ。

 スタジアムが騒然とする中、バイエルン監督ハンシィ・フリックがすぐさまベンチを飛び出し、怒りの形相を浮かべてサポーターサイドに詰め寄る。メインスタンドでは、バイエルンCEOのカールハインツ・ルンメニゲが、ホップのすぐそばで支えるように立っていた。

 バナーが下ろされて試合は再開されたが、すぐにまた掲げられ、試合は再び中断。そして今度は、バイエルンの新たな取締役となったオリバー・カーンがファンの元へと向かった。

 試合は進んだが、両軍の選手は残りの10分強をパス回しで消化した。対戦相手同士でにパスを送りあったり、話をしたりするだけ。そして試合後は、両チームの選手ならびに監督・コーチ陣は、ホッフェンハイムのサポーターにあいさつし、誰もバイエルンファンの元へは足を運ばなかった。

 後日、バイエルンは「差別にレッドカード!」というコンセプトを改めて強調し、差別問題に真っ向から立ち向かうことを発表している。

 これまで、ホップ氏は一部のファンから、ドイツサッカー界における商業化の象徴として批判にさらされてきた。ところが、バイエルンのウルトラスグループは「ホップへの個人的な攻撃ではない」という声明を発表した。

「あれはドイツサッカー連盟(DFB)への集団罰則への抗議の意を込めてのもの。我々としてはホップを憎悪の対象としようとしたわけではない。自分たちの怒りの強さを表すための表現として、あのように書いたということだ。今回のような批判・中傷が罰則の対象になるというが、それもどうなのだ。確かにきれいな言葉ではないが、毎週のようにスタジアムのあちこちで叫ばれている言葉ではないか」

 彼らが特に問題視しているのが、ドイツサッカー連盟(DFB)の罰則についてだ。ドルトムントのウルトラスが今季ホッフェンハイムのホームゲームでホップを侮辱・脅迫するバナーを出した。DFBは来季から2シーズン、ドルトムントサポーターすべてをホッフェンハイムホームゲームでの出入りを禁止するという罰則を執行している。

 このいざこざの発端は、18年9月22日にさかのぼる。ドルトムントの一部のファンが、ホップの顔にターゲットスコープで照準を合わせたバナーを掲げて罰則対象となった。さらにホップ自身も訴訟を起こし、戦う姿勢を見せた。ドルトムント側の19歳青年が手紙で謝罪したことによりホップ自身の訴訟は取り下げられたが、以後、両者の関係はさらに険悪になっていく。
 11月2日には、DFBスポーツ裁判で判決が出され、ドルトムント側には罰金5万ユーロ(約625万円)が課された。そして、次回もホップに対する侮辱攻撃が繰り返される場合、20年までホッフェンハイム戦におけるドルトムントファンの入場を全面的に禁止するという判決が下った。だが、この件には22年6月末までの”執行猶予”がつけられていた。

 だが、19年12月20日、ホッフェンハイムにとってのアウェー戦で、ドルトムントファンが再びホップへの侮辱・脅迫行為を行なう。結果、20年2月20日、再びの5万ユーロの罰金判決に加え、同時に22年までのスタジアム入場禁止が執行されたのだ。

 この罰則執行に、ドイツ中のサポーター集団が反旗を翻した。20年2月22日、ボルシアMGのサポーターがホッフェンハイムとのホーム戦で大きな抗議運動を行ない、その後に起こったのがバイエルン戦だった。同日夕方キックオフのウニオン・ベルリン対ヴォルフスブルク戦、翌日の2部ビーレフェルト対ハノーファー戦でも、同様のバナーが出現し、試合はそれぞれ一時中断されている。

 彼らが怒り心頭しているのは、「DFBが約束を違えた」からだ。17年にDFBが各サポーターグループとの協議し、集団罰則を廃止した。それが今回、ホップのために破られたことで、「約束が違う」「批判や抗議は、我々の権利」と主張し、抗議しているのだ。

 3月6日、各クラブウルトラスの多くが加盟するファンツェーネンドイチュランズは、改めてDFBに抗議文を叩きつけた。

「我々ファン文化と価値に関する重要なことだ。我々ファンはサッカー界における基盤であり、精神だ。団体罰則に関する取り決めを精査すべきで、DFBは今のやり方を改める時期だ。そして、ドルトムントファンに対するスタジアム立ち入り禁止令を、即刻解除することを望む」

 翌7日、DFBは新たなルールを追加することを発表。これまで試合を中断する権利は、「年齢、障害、性別、宗教、世界観、ルーツを理由に差別表現をしたとき」と定めていたが、この基準に新しく、「ターゲットスコープで人物に標準を合わせるような脅迫的バナー」が加わった。

 ただし、「各種機関や人物に対する批判は許可される。多少侮辱的、反スポーツになったとしても、試合は続行される」とした。欧州において、ある程度のブーイングや批判は、ファンが意見を口にする自由として昔から認められている。DFBに対する批判や抗議活動は罰則の対象とはならない。

「サポーターとの対話を通して、問題を解消できるようにしていきたい。我々はドイツの創造的で批判的な文化を評価しているし、今後も保持したいと思っている」
 この歩み寄りは、個人的には評価されるべきだと思う。スタジアムでは多少の罵詈雑言が飛び交うのは日常茶飯事だし、日常生活のストレスやうっぷんをスタジアムで晴らすという昔からの伝統もある。規則が厳しすぎては楽しめないというファン心理も十分理解できる。

 だからといって、特定人物に対して誹謗中傷、侮辱・恐喝と攻撃し続けることが許されるはずもない。サポーターも歩み寄るべきだ。

 殺伐とする雰囲気のなか、機転ある反応をみせていたのが、長谷部誠と鎌田大地が所属する、フランクフルトのファンだ。DFBポカール準々決勝フランクフルト対ブレーメン戦のキックオフ前、ゴール裏に大きなバナーにを掲げた。

「アディ、タイムアウトが必要だったら教えてくれ!」

 サポーターが”試合を中断させる”行為を皮肉った、捻りのきいたメッセージ。フランクフルト監督のアディ・ヒュッター監督は、試合後のミックスゾーンで「我々のファンには感謝するよ」とコメント。

「問題になっていたもやもやをいい形でふき飛ばしてくれたと思う。私はユーモアとして受け取ったよ。今後、バスケットボールなどスポーツにあるような、タイムアウトが必要になることもあるかもね(笑)」

 ファンにはファンの言い分があり、DFBやブンデスリーガクラブとして譲れない線もある。だから、互いに相手の考えを考慮しないまま言い合っても、水掛け論のままだ。

 僕は、ファンの要求をある程度認め、お互いに納得できるように規律を整理し、また誰もが楽しめるスタジアムになってほしいと願っている。結局、「みんなサッカーが大好き」という点は同じ方向を向いているはずだからだ。

 新型コロナウイルスの影響でリーグは中断し、今後はますますクラブとサポーターの絆は重要になっていく。だからこそ、建設的にお互いに歩み寄りの道を探していくべきだ。
  筆者プロフィール/中野吉之伴(なかのきちのすけ)

ドイツサッカー協会公認A級ライセンスを保持する現役育成指導者。執筆では現場での経験を生かした論理的分析が得意で、特に育成・グラスルーツサッカーのスペシャリスト。著書に「サッカー年代別トレーニングの教科書」「ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする」。WEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)を運営中