時としてサッカー界では、勝者よりも敗者に人々の目が向く時がある。1994年のアメリカ・ワールドカップにおけるイタリア代表FWロベルト・バッジョもその一人だろう。

 93年のバロンドールを受賞するなど華々しい活躍を続け、満を持してアメリカ・ワールドカップに臨んだバッジョ。大会に入ってからも好調を維持した“ファンタジスタ”は、5ゴールをマークするなどイタリアを力強く牽引し、ついにはファイナルまで導いた。

 だが、準決勝のブルガリア戦でふくらはぎを痛めていた彼は念願のファイナルの舞台で“悲運のスター”となってしまう。

 ロマーリオらを擁した“サッカー王国”ブラジルとの決勝はスコアレスのまま、延長戦でも決着が付かずにPK戦へ。灼熱のピッチコンディションも相まって満身創痍の状態となっていたバッジョは、イタリアのラストキッカーとして登場するも、右足から放たれたボールは、無情にもクロスバーを越えていったのだ。

 雌雄が決し、歓喜に湧くブラジルの選手たちとは対照的にに、呆然と立ち尽くすバッジョの姿は、サッカー史に残るワンシーンとなった。
 
 あれから25年。当時のバッジョの様子を明かしたのは、愛娘のヴァレンティーナさんだ。伊衛星放送『Sky Sports』のインタビューで、決勝後の父親について、こう語っている。

「私はブラジルに行く機会が多いから、向こうでもみんながよく覚えているわ。だから、94年の決勝のPKは時々、話題になることがあるの。あれは彼の人生において消し去ることのできない記憶よ」

 そして、あのPK戦についてバッジョ本人と話すことは「難しい」とも話すヴァレンティーナさんは、それでも「あの失敗のおかげで父はファンにより愛される人になった」と持論を口にした。

「あそこまでたどり着くのにかなりの苦労をしたはずよ。でも、あのPK失敗は『偉大な選手でも失敗する』ということの証明であり、まるで普通の人間に戻ったかのような瞬間でもあった。だから父はより多くのファンに愛されるようになったんだと思う」

 その後、2004年に現役を退いた“稀代のファンタジスタ”バッジョ。ヴァレンティーナさんいわく、今は「カードゲームをしたり、料理を楽しんだりして家族との時間を大切にする少し無口な父親」になったという。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部