バルセロナとレアル・マドリー。スペインが世界に誇る2強クラブは、周知の通り、永遠のライバル関係にある。それだけにこの両クラブ間で移籍をすれば、古巣サポーターから憎まれるのは避けられない。

 2000年の夏にバルセロナからマドリーへ移籍したルイス・フィーゴは、まさにそうだった。

 フロレンティーノ・ペレス会長が作り上げた“銀河系軍団”の一翼を担うべく、移籍金6000万ユーロ(約72億円)で移籍したポルトガル代表FWは、バルサで絶対的な主力だったこともあり、古巣のファンからは「守銭奴だ」と大きく妬まれた。彼がバルセロナ市内で経営していた日本食レストランが襲撃を受けたり、カンプ・ノウでの試合では、ピッチに豚の頭が投げ込まれもした。

 それから5年間に渡ってマドリーでプレーしたフィーゴは当時、何を想っていたのか? 現地時間5月2日に開かれた元イタリア代表DFファビオ・カンナバーロとのインスタグラムのライブ配信で、「重大な決断だったんだ」と回想した。

「僕に多くのものを与えてくれて、心地よく感じていた街からの移籍だったから簡単ではなかった。でも、あの時は自分がしていることを認められていると感じられなかった。バルサを運営する人々に認められる必要があった。でも、評価を受けられない時にオファーがあれば、それを検討しなければならない。あの話は全てがそうして始まった」
 

 自身に対する評価の低さを“禁断の移籍”の理由に挙げたフィーゴは、さらに当時のバルサ会長だったジョアン・ガスパール氏とのやり取りを赤裸々に告白した。

「会長には、『金を持って来て出て行け!』と言われた。誰だってそんなことを言われれば、怒るものだよ。私もそうだった。特にクラブに全力を尽くそうとしている時だったからね。

 実は、その夏にはラツィオに行く可能性もあったんだ。彼らは強かったし、移籍金も準備できていたから、私の契約解除金を払おうとしたんだ。でも、私はしっかりと選び、大きな目標を持ったチームを探していた。結果として、マドリー行きは間違っていなかったよ」

 マドリーについては、「最初は簡単ではなかったが、私にとって全てが新しかった」と語ったフィーゴ。世間を大きく賑わせたが、自身の決断への後悔はまったくないようだ。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部