「包丁名人」の上村さんがマルセイユに来たのは、2003年のこと。だがそこには、ある事情があった。

 実は上村さんはその前に、一大決心でフランスに来るや、国際映画祭で有名な南仏カンヌで和食レストランに挑戦。ところが、これがうまくいかなかった。失意のまま帰国を決意、飛行機のチケットを手に、カンヌで知り合ったマルセイユ人宅にステイした。出発までの1週間をそこで過ごすことにしたのだ。

 ときは折しもクリスマス。ステイ先にも次々と友人知人が詰めかけ、楽しいクリスマスのお祭りになった。人懐こいマルセイユ人たちに囲まれるうち、上村さんにも多くの友人知人ができ、そのうち一人が「エクストラ(臨時雇用)で働かないか」と仕事先まで提案してきた。

「それでマルセイユに残ることにしたんです。飛行機のチケットは…捨てちゃいました(笑)」

 こうして上村さんはマルセイユに救われ、やがて自分の店に再挑戦する。

「カンヌは世界中のスターも集まる美しい観光地ですけど、フランスを感じなかったんですよ。ところがマルセイユは人間くさくて、フランスを感じた! それに新鮮な魚市場もあって、気に入っちゃったんです」
 

 それからはとんとん拍子。ちょうどフランスで和食ブームが始まった頃でもあった。一年半前に現在の地に「レストランTabi」を開くまでは、スタッド・ヴェロドロームのそばに店があったという。そこでの実力がモノを言い、2016年には格付けで知られる「ゴー・エ・ミヨー」の目に留まり、翌17年には和食シェフとしては史上初となるヤングタレント賞を受賞。やがて「ミシュラン」の検食官も訪れるようになった。

「どうしてミシュランに手紙を書かなかったの、と言われました。僕、有名になろうとしたわけじゃなかったし、そういう仕組みも知らなかったんですよ。でもいろんな人と出会えてモチベーションも上がって、それで2019年にいまの場所に移転したんです。障害者用のスペースとかも確保した広いレストランで、さらに上に挑戦しようと思ったんです」

 「レストランTabi」はいま、200キロメートル以内で獲れた新鮮な魚やローカル食材を使用しながら、ハイクオリティーな南仏風和食レストランとして知られるようになっている。
 
 一方、「ピッチの戦士」酒井宏樹は、2016年夏にマルセイユにやってきた。ドイツから初めて南仏に舞い降り、家族を待つ間ホテル暮らしだった酒井は、街のあちこちを回ってマルセイユの理解に努めていた。大使館に聞いて信頼できる和食レストランも探していた。そこで聞いたのが、上村さんの店だった。

「携帯に電話がかかってきて、『30分後に食べに行っていいですか』と言われて、『ああ、いいですよ』と答えたんです」と上村さんはその日を回想する。「入ってきたときは、日本人にしては大きいな、とビックリしました(笑)。でも何の知識もなかったから、気軽に喋ってズケズケと聞いたんですよ」

――マルセイユは初めて? 何しに来たの?

「はあ、仕事です」

――へえ、仕事って何なの?

「はあ、スポーツです」

――へえ、スポーツ? 凄いね、やっぱり大きいからねえ。

 そんな会話をしながら、上村さんは酒井相手に談笑し、さりげなく聞いた。

――で、スポーツって何だっけ?

「はい、サッカーです。オランピック・ド・マルセイユ(OM)に来たところです」

 上村さんは驚いた。サッカーはまるで知らなかったが、さすがにチーム名は知っていた。マルセイユではOMは宗教のような存在だからだ。そこで会話しながら、酒井に隠れて思わずそっと携帯で調べてみたという。

「『おおっ、日本代表!?』ってね、もうビックリしましたよ。でも急に声音を変えるわけにもいかないじゃないですか(笑)。で、そのままざっくばらんに会話して。高額でもなかったから、食事をおごったんです(笑)」

 酒井は翌日もやってきた。

「酒井さんにとって僕は、全てを備えていたんですよ(笑)。サッカーを知らないし、『一緒に写真撮って』とかも言わないし、きさくに話せるし(笑)。で、ホテルに迎えに行ってあげたり、別のレストランに案内して一緒に食事したりするうち、あっと言う間に友人になっちゃったんです。そのうち奥さんも到着して、2週間後には家に呼んでいただいて、やがてヴェロドロームでの試合にも招待してもらいました。初めてのスタジアムもビックリでしたよ」

 こうしてふたりはすっかり意気投合。しかも、今回のコロナウィルス問題が起きる前から、「2人のサムライ」の連帯支援はすでに始まっていた。たとえば上村さんは、「キュイスト・デュ・クール」(ハートの料理人)というアソシエーションでも活動し、3年前から病院支援をしている。そこに酒井も加わり、ときどき入院している子どもたちを訪問して励ましてくれたという。
 超有名な「レスト・デュ・クール」(ハートのレストラン)のチャリティーにも参加した。このアソシエーションは、亡くなった人気コメディアンが創設し、貧困に苦しむ家庭やホームレスに、毎冬温かい食事を無償提供している団体だ。

 大がかりなチャリティーコンサートも毎年開催され、全国バージョンのコンサートには、銀幕のスターやフットボーラーも登場して歌うしきたりになっている。フランス代表のディディエ・デシャン監督も登場したことがある。

 そのマルセイユ・バージョンが行なわれた日――。そこにはディミトリ・パイエらOMの有名選手、各界著名人とともに、「2人のサムライ」の姿があった。しかも酒井は料理人のコックコートを着、上村さんはサッカー日本代表のユニフォームを着て……。このユーモラスな日本人の登場もあり、チャリティーは大いに盛り上がった。

 現在、フランスでは「とじこもり」戦略が奏功し、新型コロナウイルスの死者数と重体者数は期待していたより早く減少に転じた。そしてついにフランス政府は、パリ地方と一部海外県を除く全域で、6月2日からカフェやレストランの営業再開を許可すると発表した。「レストランTabi」もいよいよ開業である。

 フィジカルコンタクトを必要とするフットボール界はまだ我慢を強いられているが、集団トレーニングは6月下旬にも再開できるとみられている。それまでの間、酒井もきっと、久しぶりに「レストランTabi」に出かけて、シェフの絶品に舌鼓を打つことだろう。

 フランスでは、キリアン・エムバペやアントワーヌ・グリエーズマンをはじめ多くのフットボーラーがウィルスとの戦いを財政支援し、各地の料理人も食事差し入れで最前線に連帯して戦った。その中に「2人のサムライ」がいたことに、ちょっと誇りをもった私である。

取材・文●結城麻里
text by Marie YUUKI