「引退試合にはある意味、1993年Jリーグ開幕からの歴史を振り返られるようなメンバーが出揃った」【永井秀樹インタビュー】

「引退試合にはある意味、1993年Jリーグ開幕からの歴史を振り返られるようなメンバーが出揃った」【永井秀樹インタビュー】

8月14日、昨季をもって現役を退いた永井秀樹さんの引退試合『OBRIGADO NAGAI』が、味の素フィールド西が丘で開催される。集まるメンバーは多士済々。インターネットテレビ局『Abema TV』が中継することも決まった。最後の晴れ舞台に臨む永井さんに訊いた。


◆▼自ら企画を持ち込み、実現させたネット中継

――今回の引退試合『OBRIGADO NAGAI』は、どういったイメージで全体のデザインを進めてきたのですか?


「現役引退を発表した昨年からさかのぼると、当初は今年2月に開催する予定だったんですよ。東京ヴェルディのプレシーズンマッチと合わせてやれたらいいなと考えていたのですが、話がなかなかまとまらなかった。結果的にこのタイミングになって良かったと思います。2月だったら、ラモス(瑠偉)さんにお願いするのは難しかったですから」


――あの時期のラモスさんは、脳梗塞により病気療養中でしたね。


「そう。予定より半年ズレたのが幸いしたと思った一方、シーズンのど真ん中ですからね。特にJ2は2日後にリーグ戦が入っていて、メンバーの調整は難しかったです。自分にとって最後の場ですから、一緒にプレーしたい選手に声をかけさせてもらったんですが、本人は喜んでと言っても、クラブ側の事情があってすんなりとは了承を得られない。もう少し先延ばしして、今季のオフにしてはどうだろうという意見もありました。ありがたいことに友人・仲間の支え、主催する東京Vのスタッフの協力があり、なんとかここまで持ってくることができたんです。自分一人の力では到底無理でしたね。あらためて、たくさんの方々に感謝しています」


――会場が日本サッカーいにしえの地である国立西が丘サッカー場(味の素フィールド西が丘)。中継はインターネットテレビ局『Abema TV』。トラディショナルな舞台と時代の最先端をゆくメディアとの組み合わせが、いかにも永井さんらしいと感じました。


「ほかに候補に挙がったのは、味の素スタジアムとニッパツ三ツ沢球技場。西が丘に決めたのは思い入れを優先した結果です。天候が崩れた場合やVIPの方々への対応を考えると、味スタのほうが設備は整っているのですが、これまでの自分の歩みを振り返って旧国立競技場と西が丘は特別な場所なんですよ。高校サッカーのころから目指してきた聖地です。国立がなくなってしまった以上、次はやはり西が丘だなと」


――永井さんにとっては、昨年6月、大けがをした東京V vs FC岐阜戦以来の西が丘ということに。


「そうですね。引退の引き金となった場所であり、子どものことから憧れた場所でもある。あそこにはたくさんの思い出が詰まっています。『Abema TV』は、引退試合をやると決めた瞬間、自分の中で勝手に決めていました。一番大きいのは、2006年、自分が東京Vに復帰したとき、サイバーエージェントさんが胸スポンサーに付いて、48%の株主になったことです。クラブに対して、どれだけのことをやってくださったか。その感謝の気持ち、藤田晋社長へのリスペクトは僕の中にずっとありました」


――ということは、今回の話は自ら企画を持ち込んだんですか?


「引退試合は『Abema TV』以外ありえないと勝手に決めつけてね。クラブや関係者からさまざまなご提案をいただいたんですが、たいした根拠はないくせに、いや大丈夫ですとお断りして」


――まあ、全国津々浦々にいるファンからすれば、ネット中継してもらえるのは助かるでしょうね。現地に行きたくても行けない地方の方々は特に。


「ただ、これも急に決まった話で、藤田社長とお会いしたのは8月3日だったんですよ」


――つい最近じゃないですか。


「勝手に募らせた僕の思いはさておき、周りの人にはとんでもなく迷惑な話。打ち合わせをしたとき、藤田社長と一緒に『Abema TV』の編成局長の方がいて、じゃあやりましょうとなったときの、エッという顔はハッキリと憶えています。マジですか、準備が間に合うわけないじゃないですかと」


――通常、向こう2週間くらいの予定は皆さん埋まってるでしょうに。


「あの表情は忘れられない。申し訳ないことをしたと思いました。誰に話しても、物理的に無理だよ、考え直せと言われましたが、ご存知のとおり、性格上決めたことは曲げない人間ですので。たくさんご迷惑おかけしたぶん、良い試合、良い一日にしてお返ししたいです」


◆▼小嶺忠敏先生と古沼貞雄先生の卒業式を

――オープニングスペシャルマッチは、母校の国見OBと帝京OBの対戦です。


「これは、まったくの自分の思いつきです。恩師である小嶺忠敏先生と古沼貞雄先生。現在はおふたりとも国見と帝京から離れています。長く日本サッカーに貢献した偉大な指導者なのに、卒業式みたいなものをやっていないんですよね。たくさんのOBが集まるせっかくの機会ですから、みんなでありがとうございましたとお礼を言う場を作りたかった。故障から復帰したばかりなのに来てくれる大久保嘉人(FC東京)をはじめ、多くのOBが気持ちに応えてくれてうれしいです」


――昨年のホーム最終戦、大勢のサポーターが見守る引退セレモニーでは、クールな永井さんが感極まっていたのが印象的でした。


「年々、涙もろくなるね。幸せなことに、僕はタイトルを獲った回数が一番多いですよ。優勝して泣いたことは一度もないのに」


――よく言ってましたね。優勝してハッピーになって、なんで泣くの? と。


「1999年元日、横浜フリューゲルスで天皇杯を優勝したときもそう。あのチームにとって最後の大会だったからみんな号泣していて、特に三浦のあっちゃん(三浦淳宏)なんて顔をグシャグシャにしていたのに、オレだけ泣いていない。ところが、最近はめっきりダメです。昨日、自分が監督を務める東京Vユースは和倉ユースサッカー大会に出場し、ヴィッセル神戸U‐18にPK戦の末に勝ったんですが、それだけでもう泣きそうになりましたから」


――教え子の奮闘は、また別の角度から涙腺を刺激するでしょう。


「アイツらやるなあ、成長したなあ、と感激しきり。14日、みんなの前で泣きたくはないけれど、そこは自然の流れに任せます」


――はい、お気持ちのままに。それにしても、多士済々のメンバーが顔をそろえますね。


「長くやらせてもらったおかげで、たくさんの名選手と出会うことができました。ある意味、1993年Jリーグ開幕からの歴史を振り返られるようなメンバーだと思いますよ」


【プロフィール】

永井秀樹(ながい・ひでき)

1971年、大分県生まれ。国見高、国士館大を経て、1992年ヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)に加入。華麗なテクニックとドリブルを武器に、清水エスパルス、横浜フリューゲルス、横浜F・マリノスなど、多くのクラブでプレーした。2016シーズンをもって現役を引退。現在は東京ヴェルディユース監督兼GM補佐。


■永井秀樹引退試合『OBRIGADO NAGAI』出場予定メンバー

【VERDY LEGENDS】

監督・松木安太郎

加藤善之、北澤豪、斎藤浩史、武田修宏、土屋征夫、富澤清太郎、藤川孝幸、藤吉信次、前園真聖、三浦淳宏、ラモス瑠偉、菊池新吉、菅原智、中村忠、西澤淳二、柳沢将之、山田卓也


【J LEGENDS】

監督・釜本邦茂

礒貝洋光、大榎克己、小野伸二、小村徳男、斉藤俊秀、齋藤学、澤登正朗、鈴木啓太、戸田和幸、永島昭浩、中田浩二、波戸康広、福田正博、本田泰人、松田直樹、山口素弘、石川直宏


インタビュー・文=海江田哲朗

1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディを中心に、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『フットボール批評』、『フットボールサミット』、『サッカーダイジェスト』など。著書に、東京ヴェルディの育成組織にフォーカスしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)がある。2016年初春、『スタンド・バイ・グリーン』を開設した。

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