批判覚悟で「見通し良好」

新型コロナウイルスの感染再拡大で中止論や再延期を求める声が国内外で飛び交う中、東京五輪開幕まで半年の節目を迎えた1月23日に合わせ、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長(ドイツ)がメッセージを公開し、大会の開催に向けて改めて強気を貫く決意を表明した。

最近の国内世論調査では今夏開催の「中止」「再延期」を合わせた見直し派が8割を超え、懐疑論が渦巻く。

コロナ禍で社会が疲弊し、医療崩壊も叫ばれる昨今、批判は覚悟の上で「安全で安心な大会の開催が最優先事項であり、そのためにはタブーはない」と強調した上で「全ての見通しは良好で、われわれは懸命に努力している。全てのシナリオを想定して準備を進めており、入国、隔離のルール、ソーシャルディスタンス、ウイルス検査やワクチンなど数多くの対応策を用意し、必要な策を適切な時期に決める」と呼び掛け、無観客開催の可能性も否定しなかった。

バスケも陸上も五輪の試金石は幻に

しかし祭典へのカウントダウンが続く中、取り巻く環境は厳しさを増している。バスケットボールや陸上では大会開催地変更や中止がここに来て現実化。変異種の登場で世界的な感染収束が見通せず、頼みのワクチン接種も不透明だ。

国際バスケットボール連盟は1月22日、2月18〜22日に日本での集中開催を予定していた男子のアジア・カップ予選B組の開催地をカタールのドーハに変更すると発表。この大会は都内で外部と遮断した「バブル方式」で実施を検討し、実戦と大会運営の両面で東京五輪の試金石となる想定だった。

日本、ロシア、中国、米国の4カ国が参加し、コロナ対策に約3500万円を投じた昨年11月の体操の国際大会(東京・国立代々木競技場)に続けば、五輪へつながる大きな一歩となる期待もあったが、幻に終わった。

アジア陸連は5月20〜23日に中国の杭州で開催予定だったアジア選手権を中止すると発表。日本は東京五輪出場を目指し、世界ランキング加算対象大会の一つとして有力選手の派遣を計画していた。

通常であれば本番への調整が最終局面に入る五輪2か月前の段階で好記録を出し、参加資格へとつなげるはずの大会が消滅。アジア各国だけでなく、日本の若手や五輪当落線上の選手にとっても影響は小さくない。

最大の課題は五輪予選の「公平性」

五輪の参加選手は206カ国・地域から約1万1000人を想定している。そのうち約4割の出場枠がまだ固まっていない。今後、こうした各競技の五輪予選が順当に進まなければ、出場権を巡る「公平性」の観点で各国アスリートからボイコットの声が上がり、不参加を唱える国が出てくる可能性も否定できないだろう。

実際、2012年ロンドン・パラリンピック陸上女子走り幅跳び銀メダリストのステファニー・リード(英国)が「開催は非現実的。正しくタイムリーな情報が必要」と英メディアに訴えるなど不穏な声は出始めている。

バッハ会長も「世界中の選手が困難な状況にある。未定の残り40%については予選の日程やシステムの調整が必要になるかもしれない。公平性の視点で考えると、206カ国・地域の選手は残念ながら同じ条件ではない」と認め、元フェンシング五輪金メダリストで弁護士でもある立場からその点を最も懸念していることをうかがわせた。

先行き不透明な厳しい情勢で世論の反対や感染状況に目をつぶって大会を強行し、スポーツの公平性を損なえば、皮肉なことに五輪本来の価値を失わせる懸念もある。

各国や選手に根回し済み?

「IOCは私たちの健康を脅かしたいのか」。東京五輪で陸上女子棒高跳びの2連覇が懸かるエカテリニ・ステファニディ(ギリシャ)は昨年3月、ツイッターに怒りをぶつけた。

ギリシャのアテネで行われた東京五輪の聖火引き継ぎ式で最終走者を務めたトップ選手の声は大きなうねりとなり、米国陸連や米国水連も同国のオリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)に東京五輪の延期を要請。カナダやオーストラリアが五輪へ選手派遣を見送る声明を発表し、一気に外堀が埋まる形で史上初の延期が決まった経緯がある。

だが今回は火消しが早かった。英紙タイムズ(電子版)が1月21日、東京五輪・パラリンピックを巡り「日本政府が中止せざるを得ないと内々に結論付けた。今は次に可能な2032年大会の開催を確保することに焦点が当てられている」と報じると、日本政府やIOCは報道を即座に全面否定。世界各国に波紋が広がる中、米国、オーストラリア、カナダといった五輪強国のオリンピック委員会(NOC)も相次いで計画通りに五輪準備を進める異例の声明を発表した。「IOCが根回ししたのでは?」と指摘する大会関係者もいる。

入国停止、焦点は3月のテスト大会

政府は1月の緊急事態宣言とビジネス往来停止に合わせ、スポーツ選手やスタッフらの入国特例措置を中断した。もし宣言が2月7日以降も延長されれば、海外選手の入国は困難となり五輪出場チームが決まらない状態が続く。

水球女子の世界最終予選は1月中旬にイタリアで始まり、新型コロナによる中断から約1年ぶりに国際大会が再開されたが、当面の焦点は3月4日から東京で開かれるアーティスティックスイミングのテスト大会だろう。海外から10カ国以上の参加が想定され、五輪最終予選を兼ねる。これが実現しないようだと、いよいよ東京五輪は土俵際に追いつめられてくる。

バッハ会長は「医学は大きく進歩した。昨年3月にワクチンや検査は利用できなかった。今はパンデミックの対処法を知っている」と楽観論を唱えるが、コロナ禍で刻一刻と変わる現実は時間との闘いでもある。

無観客で2兆円損失、迫る決断時期

東京五輪・パラリンピックが無観客で開催された場合、経済的損失は約2兆4133億円に上るとの試算を1月22日、関西大の宮本勝浩名誉教授(理論経済学)が発表した。

政府は五輪をインバウンド(訪日外国人客)回復の足掛かりと位置付けるが、無観客になると感染症対策を大幅に軽減できる一方、チケット収入の約900億円がゼロになり、観客の宿泊や飲食など経済効果が見込めない。2020年3月の試算では、五輪が中止の場合、経済的損失は約4兆5151億円となっている。

逆風の中で決断のタイムリミットは迫っている。どんな形でも大会を開催するのであれば、コロナ禍で開く大会はこれまでの五輪から大きく姿を変えることになるだろう。

重大局面はテスト大会や聖火リレーが控え、昨年は大会延期を決めた3月に迎える。世界各国から集まるアスリートの感染対策に加え、約8万人のボランティア、観客の扱いはどうするのか―。

1976年モントリオール五輪金メダリストのバッハ会長は選手時代、東西冷戦下で西ドイツ(当時)が1980年モスクワ五輪をボイコットした苦い経験を踏まえ「五輪のボイコットは真の危険」とスポーツの政治利用に警鐘を鳴らす。

だが今回のウイルスとの闘いは国際政治とはまた別次元のテーマだ。安全最優先の大会開催へ「観客など多くの決定では3月、4月が重要になる。チケット販売や事業計画において6、7月までは待てない」と意気込むが、乗り越えるべきハードルはかつてないほど高い。

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