2019年12月25日、日経ホールにて『UKIYO-E 2020 プレイベント 神田松之丞 独演会 〜講談と浮世絵の世界〜』が開催された。

この独演会は、2020年7月23日より東京都美術館ではじまる展覧会『The UKIYO-E 2020 ― 日本三大浮世絵コレクション』のプレイベントであり、第一部は講談師の神田松之丞と太田記念美術館主席学芸員の日野原健司氏によるトークショーが、第二部では松之丞の講談『中村仲蔵』が披露された。

日経ホールの収容人数は600人。主催の日経新聞によると、本公演のチケットは発売開始より数秒でソールドアウトしたのだそう。挨拶に登壇した代表者は「皆さんは本当にラッキーな方々です!」と客席に向けて挨拶をした。

浮世絵×松之丞のきっかけ

イベントのオープニングでは、2019年に開催された展覧会『新・北斎展』の音声ガイド収録の模様が上映された。松之丞がナビゲーターをつとめた音声ガイドは、来場者の好評を得て口コミで広がり、22万人の来場者のうち5万人が利用した。これが『UKIYO-E 2020 プレイベント』と松之丞のコラボレーションのきっかけになったのだそう。

イベントで上映された紹介動画「講談界の若き星・神田松之丞さん、巨匠・北斎に挑む」

浮世絵は庶民の絵

江戸時代より世に出回った浮世絵だが、その多くは、明治期に欧米のコレクターによって海を渡ってしまった。しかし海外流出を逃れ、日本に残った浮世絵もある。中でも、日本国内において三大コレクションといっても過言ではない質と量を誇る、太田記念美術館、日本浮世絵博物館、平木浮世絵財団の名品が展示されるのが、『The UKIYO-E 2020 ― 日本三大浮世絵コレクション』だ。

トークショーは、松之丞からの「そもそも浮世絵って何ですか?」という質問でスタート。たしかに“浮世絵”は多くの日本人が見聞きしたことのある存在だろう。しかし、自信をもってその定義を説明できる人は少ないかもしれない。

日野原氏は、浮世絵を「基本的には江戸時代から明治時代にかけて作られた、庶民のために描かれた絵画」であるとし、「美しい女性を描いた美人画、歌舞伎役者を描いた役者絵、そして江戸の町や日本各地の各所を描いた風景画。さらに幕末から明治にかけては、講談と関わりある浮世絵もある」と語った。そして紹介された浮世絵が《江戸の花名勝会 き 三番組》(歌川貞秀・歌川国貞ほか)だ。

歌川貞秀・歌川国貞ほか《江戸の花名勝会 き 三番組》(個人蔵)  ※展覧会出品作品

歌川貞秀・歌川国貞ほか《江戸の花名勝会 き 三番組》(個人蔵)  ※展覧会出品作品

舞台上のスクリーンに映された絵には、張り扇、湯呑み茶碗、本が置かれた講釈台が描かれ、その上には“神田伯山”の文字。観客とともにスクリーンを見上げていた松之丞に、日野原氏より浮世絵現物が渡された。「写し絵(コピー)ですよね?」とつぶやきながら受け取る松之丞だったが、日野原氏の「本物です」との答えに「えっ」と絶句。さらに「くれるんですか?」と続け、観客を笑わせた。

浮世絵自体は江戸時代の庶民が楽しむ木版画であり、当時の感覚で500円程度の価値のもの。同じものが数百枚、ヒット作なら数千枚と摺られ、世間に出回っていた。しかし、講談は歌舞伎ほどにはモチーフとなっておらず、中でも、釈台やグッズそのものがモチーフの浮世絵は極めて珍しいという。

松之丞は、手元の浮世絵に書かれた“伯山”と“天一坊”の文字に目を留め、「初代の伯山ですね。初代は“天一坊”で有名になりました」「ここに書いてある“八ツ山”は天一坊が滞在していた旅館のあった場所。そこで色々あって」と講談の視点から、浮世絵を読み解いた。

そして、ふと「下世話なんですけれど」と前置きし、「これ、いくらするんですか?」と質問をした。会場に笑いが起こる中、日野原氏は「実は16000円で」と答え、この公演のために自身のコレクションとして買い求めたことを明かした。個人コレクションと知るや松之丞は「買いたい!」と前のめりに。

2020年2月11日に、講談界の大名跡“伯山”の名を、六代目として継ぐ松之丞。六代目として、伯山に関わるものをコレクションしたいと考えていたのだそう。

「僕にいくらで売ってくれるんですか?」「17000円で?」と食い下がり、日野原氏も会場も爆笑の一幕となった。

面白くなければ絵師のせい

次の一枚は、後の二代伯山となる神田伯勇の名が入った《東錦浮世稿談 幡随院長兵衛》(月岡芳年)。二代目は、初代の門弟約80名の中でも末弟であった。にもかかわらず後継者に抜擢されたことなどが、松之丞より語られた。

トークショーではスクリーンに次々と浮世絵が映し出され、講談の怪談話にゆかりのある《百物語 こはだ小平二》、江戸時代のヒット作、赤穂浪士を描いた《忠臣義士銘々伝 ほ 若柿玄蔵藤原正賢》(歌川芳虎)、勝川春章が筆をとった《初代中村仲蔵の近江小藤太 三代目大谷広次の番場忠太》や《初代中村仲蔵の大日坊》なども紹介された。

葛飾北斎《百物語 こはだ小平二》(日本浮世絵博物館蔵)

葛飾北斎《百物語 こはだ小平二》(日本浮世絵博物館蔵)

勝川春章《初代中村仲蔵の近江小藤太 三代目大谷広次の番場忠太》(日本浮世絵博物館蔵)

勝川春章《初代中村仲蔵の近江小藤太 三代目大谷広次の番場忠太》(日本浮世絵博物館蔵)

第一部の終盤、松之丞が日野原氏に「浮世絵の見方」を問うと、日野原氏は「10秒でいいから立ち止まる」ことを提案した。

「10秒でいいのでじっと見ていただき、何も面白くないと思えば、それは描いた絵師が悪いんです。浮世絵は基本的に庶民のものであり、庶民に向けて描かれたものです。それがもしつまらないなら絵師のせいですから」

日野原氏からのアドバイスに、松之丞も観客もなるほどと頷いていた。

神田松之丞の『中村仲蔵』

休憩をはさみ第二部は、寄席囃子で開演した。大きな拍手の中、ふたたび松之丞が登場。マクラでは、第一部で紹介された初代伯山ゆかりの浮世絵を「なんともらえたんです!」と報告。会場から笑いと拍手が贈られた。

そして始まったのは『中村仲蔵』。主人公は実在した歌舞伎俳優の中村仲蔵である。今以上に血(家柄)に重きをおいていた時代に、“血のない役者”仲蔵が、最下層の稲荷町からキャリアをスタートし、千両役者へと突き進むシンデレラストーリーだ。『仮名手本忠臣蔵』五段目に登場する「斧定九郎」は、現在なら人気の俳優が演じる役どころ。出番は少ないが、色気と不気味さが印象的な、役者にも観客にも、ある意味で“おいしい役”となっている。しかし、かつて斧定九郎は、赤ッ面の端役だったのだそう。おいしい役にブラッシュアップしたのが、中村仲蔵だった。

松之丞は、第一部やマクラとはまるで別人。言葉に重みと深みが増し、心地よい緊張感を客席に行き渡らせる。仲蔵が同業者の嫉妬を受けながらも、四代目團十郎の力添えを得て名題へ昇進するまでを、松之丞は、親切に解説を添えながら、分かりやすく聞かせる。『仮名手本忠臣蔵』五段目の斧定九郎の役作りの場面になると、心情をじっくり聞かせ、いよいよ五段目の幕が開くとテンポアップ。仲蔵の興奮や観客の静寂を、緩急つけて描写し、一部には照明による演出も加えて熱演した。


今公演の第一部トークショーでは、仲蔵が考案した拵えが、歌川豊国の浮世絵『五代目松本幸四郎の斧定九郎』により解説されていた。おかげで客席の我々は「黒羽二重のひきときに……」と言われた時も、釈台越しの松之丞に、ありありとその拵えの斧定九郎を重ねてみることができた。

クライマックスで、斧定九郎への大向こうがかかると、目頭をおさえる来場者の姿がそこかしこに見受けられた。一席が締めくくられると仲蔵へ、そして松之丞への大きな拍手が、溢れるように鳴り響いていた。

勝川春章《初代中村仲蔵の大日坊》(平木浮世絵財団蔵)

勝川春章《初代中村仲蔵の大日坊》(平木浮世絵財団蔵)

歌川豊国《五代目松本幸四郎の斧定九郎》(太田記念美術館蔵)  ※展覧会出品作品

歌川豊国《五代目松本幸四郎の斧定九郎》(太田記念美術館蔵)  ※展覧会出品作品

2020年夏開催の『The UKIYO-E 2020 ― 日本三大浮世絵コレクション』では、450点近い作品が展示され、浮世絵ファンだけでなく、古典芸能ファンならピンとくる作品も紹介される。来場の際は、自身の趣味につながるヒントを探すようにして、ゆっくり鑑賞を楽しんでほしい。