おことわり:本記事にて紹介したキエフ国立バレエ学校『コッペリア』(7月公演)は、新型コロナ・ウイルスの世界的な感染拡大の影響を鑑み公演中止となりました。入場券購入者には、代金の払い戻しが行われます。詳細は「公演情報」欄を参照のこと。

 

ウクライナのキエフ国立バレエ学校が創立70周年を迎え、2020年7月、初来日公演『コッペリア』(演出・振付:ウラジーミル・マラーホフ)を上演する。名門バレエ学校を率いる芸術監督の寺田宜弘に、監督としての采配、『コッペリア』の魅力、今後の展望を聞いた。

■名門バレエ学校躍進の立役者

――寺田さんは1987年、キエフ国立バレエ学校に入学して8年間学び、キエフ・バレエ(タラス・シェフチェンコ記念ウクライナ国立バレエ)で活躍されました。2012年からはキエフ国立バレエ学校の芸術監督をされています。芸術監督になられた経緯をお話しください。

30歳になった頃、バレエ学校に戻り先生になって日本に戻ろうと考えていました。そうするうちに文化大臣から「新しいバレエ学校の時代を作ってほしいと」というお話をいただきました。「国を代表するバレエ学校の芸術監督にどうして外国人が?」という人もいましたが、バレエ学校に8年間、バレエ団に20数年間いましたし、ウクライナ国民芸術家でしたので自分のことを信じてほしかった。すべての先生が付いてきてくれるのには1年半かかりました。

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

――現役時代からキエフ国立バレエ学校の仕事をされていましたか?

合同コンサートをしたり、バレエ学校の50周年、60周年ガラ・コンサートに関わったりしていました。お世話になった先生もいるので、月に2、3回は学校に行っていましたね。芸術監督がトップで、その次が校長なのですが、校長先生が私を認めてくれていました。私が踊るだけでなく、いろいろなプロジェクトをやっていることを知っていたので、新しいものが必要だと分かっていらっしゃったのでしょう。

――今年で70周年を迎えたキエフ国立バレエ学校の規模について教えてください。

生徒数は280人くらいです。卒業するのは年に25人くらいで、そこからキエフ・バレエに入るのは5人くらい。他は海外のバレエ団、オデッサなどのウクライナの他の劇場に入ります。

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

――寺田さんは当時旧ソ連圏のバレエ学校で1年生から8年生まで学んだ稀有な日本人です。

私が最初で最後ですがソビエトの国費留学でした。当初モスクワに行く予定でしたが、生まれ育った京都と姉妹都市であるキエフへ行くことになりました。ソビエト外務省から一番素晴らしい教育だと言われました。キエフには短期研修として2回行ったことはありました。

――冷戦時代で長期留学は難しかった頃ですね。

アフガニスタン紛争や北方領土の問題もありました。私が行った時、KGBが周りにいたのは知っています。モスクワの空港に着くと、チャイカというリムジンのような車が迎えに来てくれました。11歳の子供なんですけれどね(笑)。

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

■バレエを通して世界を一つにしたい

――キエフ国立バレエ学校の特色を教えてください。

ワガノワ・バレエ・アカデミーの先生が創った学校なのでワガノワ・スタイルです。今教えている先生にはモスクワ・バレエ・アカデミー出身もいますが、メソッドはワガノワ・スタイルです。ワガノワとモスクワの良いところを取り入れた独自のスタイルを生み出したと思います。

キエフ国立バレエ学校エンブレム

キエフ国立バレエ学校エンブレム

――芸術監督としての主な任務は何ですか?

就任時に文化大臣から「ウクライナのバレエをもっと世界に発信してほしい」と言われました。世界にアピールするためには3年かかりましたね。今は年に4回ツアーがあります。70周年ガラにはモンテカルロ、ベルリン、シュツットガルトのバレエ学校の校長が来てくれました。世界のバレエ学校と一つになって新しいものを創り上げています。

世界中に素晴らしい卒業生がいます。彼らにキエフ国立バレエ学校のために働いてもらう。私たちは8年間無料で教育されたので、そのお礼をしなければいけないんですね。だから皆力を貸してくれます。スヴェトラーナ・ザハーロワがボリショイ劇場でチャリティコンサートをしてくれたり、アリーナ・コジョカルが学校に来てイギリスの教育番組を作ったりしています。

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

――ウクライナは多くの世界的なダンサーを輩出しています。身体的優位性があるのでしょうが、そこにキエフ国立バレエ学校で加味される特別な要素はあるのですか?

確かにウクライナ人は肉体的に芸術に向いていると思います。さらにそれに加えて、素晴らしい教育をしていることが重要です。私たちの時代はウクライナに残り、キエフ・バレエに入るのが最高の夢でした。1991年にソビエトが解体してから素晴らしい芸術家が世界に羽ばたいていきました。でも世界中のバレエ学校から入学してほしいという話は来ても行かないんですよ。ウクライナに生まれたらウクライナのバレエ学校を卒業したいという、国への特別な愛情があると思うんです。そういう思いを持って育っているというのはあります。

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

――キエフ・グランプリという国際バレエコンクールを催されていますね。

立ち上げから5年が経ちます。その頃クーデターが起こり、国のバランスが崩れ、バレエ学校のバランスも崩れました。ウクライナの子供たちに何ができるかを考えた時、ミハイロフスキー・グランプリに審査員として行って、自分でもできるのではないかと考えました。ウクライナの4つの都市にあるバレエ学校の生徒をキエフに集め、オペラハウスでクラス・レッスンやガラ・コンサートも行って交流していこうと。するとヨーロッパの先生から素晴らしかったので世界中から子供たちを集めてアピールした方がいいと言われました。そこで世界中のカンパニー、バレエ学校の芸術監督を審査員として呼び、世界中の子供たちを集めています。毎年3月に3日間やっていますが去年は16か国からの参加がありました。

コンクールはすべて無料です。参加費をとらないし、ホテルも無料で、スカラシップも出ます。子供たちは喜んで来てくれる。ただ参加する前に写真と映像を送ってもらい、素晴らしい子供たちだけが参加できます。キエフ・グランプリは私がやっていますが、ウクライナ国立オペラや文化省、スポンサーの力もあります。キエフ市も応援してくれますし、世界中のバレエ団・学校の監督も応援してくれる。世界を一つにするものを作りたかったので、それがやっとできましたし、それはウクライナにとっても喜ばしいですね。

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

キエフ国立バレエ学校レッスン風景

――生徒が各地で活躍されています。

芸術監督として一番喜ばしいことは、生徒たちが世界中のカンパニーで踊り、ソリストになって良い踊りを見せてくれることです。キエフ・バレエでは、オレシア・シャイターノワ、アンドリー・ガブリシキフが最初の生徒です。アレクサンドラ・パンチェンコやアナスタシア・グルスカヤも活躍しています。でも入団してある程度のところまでいくと、他の劇場から良いオファーが来るんですよ。そうしてキエフから離れるダンサーもいますが、いっぽうで違うカンパニーから戻ってくる人もいます。

キエフ国立バレエ学校公演にて ウラジーミル・マラーホフ、レオニード・サラファーノフと

キエフ国立バレエ学校公演にて ウラジーミル・マラーホフ、レオニード・サラファーノフと

■温かく幸せな気分にしてくれるマラーホフ版『コッペリア』

――2020年7月、キエフ国立バレエ学校が初来日公演を行い、2018年に初演されたウラジーミル・マラーホフ振付・演出『コッペリア』を上演します。『コッペリア』というバレエは1870年パリ・オペラ座で世界初演されましたので今年2020年で初演から150年になりますね。『コッペリア』をキエフ国立バレエ学校で制作しようと思った理由は何ですか?

ちょうど学校が創立70周年を迎えるので、いい機会だと思いました。昔キエフ国立バレエ学校では(キーロフ・バレエの芸術監督を務めた)オレグ・ヴィノグラードフの版をやっていました。1985年以降上演していないので自分は出ていませんが、『コッペリア』をレパートリーに戻したかったんです。先生方の夢でもありました。

キエフ国立バレエ学校『コッペリア』

キエフ国立バレエ学校『コッペリア』

――マラーホフに依頼した理由をお聞かせください。

彼がウクライナ出身というのが大きかった。私の世代にとってマラーホフは神様みたいな存在です。あの美しい踊り、あの美しいライン。1990年代にあのスタイルを持つダンサーはいなかった。彼がベルリン国立バレエ団の芸術監督をやめた後、『仮面舞踏会』『パキータ』『ラ・ペリ』を振付してもらいました。世界のトップスターで芸術監督でもあるマラーホフがウクライナに戻り、子供たちに新しいものを創ってくれる。それは私にとっても大きな夢でした。『コッペリア』に関しても素晴らしいものができると思ってお願いしました。

キエフ国立バレエ学校『コッペリア』

キエフ国立バレエ学校『コッペリア』

――マラーホフ版『コッペリア』の魅力はどこにありますか?

マラーホフは人間的にとても温かい人です。彼の『コッペリア』は非常に温かくて幸せな気持ちで見ることができます。コッペリウスは普通少し怖い存在ですが、マラーホフ版では優しいんですよ。温かくて、ユーモアがあって、フランツとスワニルダをくっつけようとするんですね。音楽的な才能も素晴らしいんです。彼の振付は音に完璧にあっている。さすが天才です。子供たちも喜んでリハーサルします。衣裳・装置はドイツの人にデザインしてもらいました。少しシンプルですが余計なものがなく、さすがドイツ人が作っただけのことはあります。素晴らしいからこそオペラハウスで上演できるし、オーケストラも喜んで演奏してくれる。それに素晴らしくないとチケットが売れないんです。

キエフ国立バレエ学校『コッペリア』マラーホフ出演場面

キエフ国立バレエ学校『コッペリア』マラーホフ出演場面

■ウクライナの素晴らしい芸術を伝えつつ、新たなスタイルを創りたい

――『コッペリア』の上演に向けて意気込みをお話しください。

この10年間、世界のバレエ界のトップのダンサーの多くはキエフ国立バレエ学校出身あるいはウクライナ生まれです。ザハロワ、コジョカル、セルゲイ・ポルーニン、デニス・マトヴィエンコ、レオニード・サラファーノフ、アレクサンドル・リアブコをはじめ他にもたくさんいます。生徒たちは国際コンクールの金メダルを年に12、13個は持って帰って来ます。それだけの子供たちがいるので、世界中のバレエ団の芸術監督からほしいと言われるんです。それを取られないように大きな夢を作るのが私の仕事です。子供たちは大人と違って、自分の踊りを、心を表現するんですよね。透明感があって、心が濁っていない。ただ肉体が素晴らしいだけでなく、精神的に美しい心を持っていないと人に訴えることはできません。キエフ国立バレエ学校初来日公演で、ウクライナの素晴らしい芸術、心の美しい子供たちをご覧いただきたいです。

ウクライナ国立劇場にて ウラジーミル・マラーホフと

ウクライナ国立劇場にて ウラジーミル・マラーホフと

――今後の抱負をお聞かせください。

新しい振付家を呼び、新しい振付を毎年創っていきたい。キエフ国立バレエ学校はヨーロッパのスタイルを入れています。なぜかと言えば、手の動きが少し違うんですね。そういうところを取り入れたりしています。70年前からの教育システムを変えることはできないので、ワガノワ・スタイルを残しながら新しい味付けを加えています。昨秋日本でミハイロフスキー劇場バレエの『眠りの森の美女』を見ましたが、ワガノワ・スタイルの中にナチョ・ドゥアトのスタイルが入っている。一番大事なものは残していながらもダンスの肉体が新しい。私が目指しているのもそこなんです。80%は昔のまま、20%は新しいものを加えると、新しい肉体・新しいスタイルが生み出せるんじゃないかと。今のダンサーはクラシックだけでは駄目なんですね。すべての踊りを踊る肉体を持っていないといけない。新しい肉体・新しいスタイルを創っていくのが私の芸術監督としての大きな役目だと思っています。

取材・文=高橋森彦