図夢歌舞伎『忠臣蔵』(構成・演出・出演:松本幸四郎)の記念すべき第一回目の生配信が、2020年6月27日(土)午前11時より行われる。今回以降、全十一段の通し狂言『仮名手本忠臣蔵』が五回に分けてインターネット経由で届けられる。オンライン配信に特化して制作される本作は、400年を超える歌舞伎史上初の試みとして注目を集めている。観客はパソコンやスマートフォン、タブレット等での視聴となるが、開演時間は歌舞伎公演の昼の部を意識した設定となっている。

「図夢」とは、オンライン会議アプリ「Zoom」にちなんだ造語だが、「夢」を「図」る、の意味も込められている。時代の流行事を取り入れながら創作されてきた、歌舞伎らしい遊び心を感じさせる。ただしイープラス「Streaming+」による配信となるため、視聴にあたり「Zoom」を準備する必要はない。第一回の視聴チケットは6月27日(土)23時まで購入可能、アーカイブの視聴は6月28日(日)午前11時までとなる。トークイベントが付く第一回のチケット価格は4,700円(税込)だが、これは忠臣蔵の四十七士を意識した趣向となっている。また、第二回〜第五回のチケットは各回3,700円(税込)にて販売中だが、6月30日(火)までの期間限定で第二回〜第五回のお得なセット券 13,600円(税込)も販売されているので見逃す手はない。

なお、6月27日(土)の第一回配信は「大序から三段目」の上演で配役は次の通り。

高師直/加古川本蔵:松本幸四郎
顔世御前:中村壱太郎
口上人形:市川猿弥


第一回配信を翌日に控えた26日、稽古場を取材した。入口にパソコンが並ぶオペ卓、右手に「鶴岡八幡宮」、左手奥には「松の間」が設えられていた。書割は今回のために準備されたものだという。同じ部屋の奥で、マスク姿の床山さんと衣裳さんが「師直」を迎える準備をしていた。コンパクトな空間に、歌舞伎座と変わらない「いつもの歌舞伎」と、「図夢歌舞伎」だからこその機材が揃っている。過不足のない人数で本番に向けて仕上げにかかっていることがうかがい知れた。

人との対面に感染防止対策が欠かせない今、スタッフワークはできたとしても、師直や顔世御前がフェイスシールドで演技するわけにはいかない。複数の歌舞伎俳優が一つの舞台で芝居をすることが叶わない今、どのような思いで「図夢歌舞伎『忠臣蔵』」に挑むのか。幸四郎のコメントをリハーサルの写真とともに紹介する。

鶴岡八幡宮の左半分は、リモートの壱太郎のもとにある。

鶴岡八幡宮の左半分は、リモートの壱太郎のもとにある。

 

■芝居をしたい、その思いだけで

──お稽古の進捗はいかがでしょうか。

手探りでも創り上げよう、という思いだけで突き進んできました。打ち合わせや読み合わせなど、リモートで準備してきたのですが、そもそも「zoomってなんだ?」と言うところから始まりましたから。もともとパソコンには日々さわっていたので、このようなことは得意な方だと思っていたんです。でも思えば毎日使っていたのは、Amazonばかりで。その経験はまったく生かされませんでした(笑)。

──どのような思いで「図夢歌舞伎」への挑戦に至ったのでしょうか。

芝居をしたい。その思いだけで飛び込みました。芝居をするには相手がいります。歌舞伎は、役者だけでなく音楽や衣装、鬘、小道具、大道具などあらゆるものが集まり、一つのドラマを作ります。でも今は集まれない、お客さんを集めることもできない。その中で多くの人に見ていただくにはどうしたらいいか、と。どうなるか分からないけれど、分からないものでどこまで人を巻きこめるか、という思いもあります。

──前例がないことへの不安は?

ありません。役者には「芝居をしたい」という思いがあり、これまでお芝居を観つづけてきてくださった方々には「お芝居を観たい」と思いがあるはずだ。そう信じ、役者は舞台がなくては何もできないのか。そうではない。お芝居をやれる場はあるはずだと、自分に問いかけてきました。

──第一回配信では、壱太郎さんの顔世御前とリモートで、さらにご自身による本蔵とも映像で共演されます。

見えない相手と芝居をするなんて、考えたこともありませんでした。ここまでイメージも経験もないとなると、戸惑いより楽しむ気持ちが強くなりますね。知らないことを発見して、不思議なことを楽しんでいます。

──演じ方は通常の歌舞伎と変わりますか?

あえて意識はしていません。歌舞伎を演じることに変わりはありません。ただこの寸法ですから、動ける範囲でどう表現するか。別の場所にいる2人が画面上は一緒にいるように見せるにはどうしたらいいか。技術的な大変さはありますね。



師直も本蔵も舞台で演じたことのないお役なので、そこはとてもプレッシャーでした。父(二代目白鸚)に伺いにいったのですが、まず図夢歌舞伎の説明が大変で……。


 

■確固たる歌舞伎と、今の日常にある歌舞伎

──こだわったポイントをお聞かせください。

歌舞伎を大事にしたいという思いがあります。背景をバーチャルやリアルなものにもできますが、歌舞伎と同じ書割にしました。そして歌舞伎と同じく午前11時開演で、生配信することにもこだわりました。

そして映像でやるのだから、映像でなければできないことをしたいとも思いました。客席からでは絶対に見ることのできない距離感やカットなど。あくまで作り込んだ生配信であるように。半分は録画の映像で、それに対し生の演技をするので「半生(はんなま)歌舞伎」と言ってます(笑)。

壱太郎も同時に別の場所で顔世御前を演じている。

壱太郎も同時に別の場所で顔世御前を演じている。

──歌舞伎のこれからを、どう思い描いていますか?そのために何ができると考えますか?

歌舞伎には400年以上の歴史があります。エンタテインメントや娯楽は、世の中が平和でゆとりがあるときに生まれるものとも言われます。とはいえ、この400年の間ずっと平和で豊かな世の中であったわけではなく、災害も戦争もありました。それでも歌舞伎は生き続けてきました。これからも、いかなる時も、人にとって必要とされる存在でありたいです。

ひとりの役者としては、歌舞伎にはどんな時代も生き続ける力があると信じ、ひたすら芝居を勉強していくことに尽きます。時代は変わり、もとの通りに……とはいかないでしょう。その上で歌舞伎がどう存在していくか。確固たるものも必要です。日本にしかない歌舞伎専用の劇場、歌舞伎座で変わらない歌舞伎をやり続けるために変わっていくこと。その一方で"今の"日常でもできる形の歌舞伎があること。両方があり続けるように。

──読者の方々に一言お願いします。

ただただ歌舞伎ができる喜びの思いのみでやっております。歌舞伎の一つの可能性がここにあると信じています。新たな歌舞伎を、多くの方に見届けていただきたいと思っています。

第一回(大序から三段目)では、師直が桃井若狭之助を侮辱し、塩谷判官の妻・顔世御前(中村壱太郎)に横恋慕してフラれた挙句、その怒りを判官にぶつけ精神的に追い詰めていく。すべての発端が描かれる、見逃せないエピソードだ。終演後には幸四郎、壱太郎、猿弥によるアフタートークも開催される。本格的な「歌舞伎」が詰まった空間から、どのような映像作品が仕上がるのか、配信を楽しみに待ちたい。

緊張感ある現場も、猿弥の口上でたびたび笑いが起こっていた。

緊張感ある現場も、猿弥の口上でたびたび笑いが起こっていた。

取材・文・撮影=塚田史香