阿部の「最高のコーチ」父・東司さん感極まる「大したもん」

阿部の「最高のコーチ」父・東司さん感極まる「大したもん」

 ◇セ・リーグ 巨人1―4広島(2017年8月13日 マツダ)

 巨人・阿部の父・東司さん(62)が息子の偉業を祝福した。東司さんも同じ捕手としてプレーし、習志野(千葉)で甲子園に出場。ミスタータイガースと呼ばれた掛布雅之(現阪神2軍監督)とともに中軸を組んだ強打者だった。浦安シニア時代にはコーチとして息子を指導。プロ入り後もアドバイスを送り続けてきた父が、幼少期からの思い出を語った。

 阿部が「最高のコーチ」と慕う存在。父・東司さんは、息子の偉業に感極まっていた。

 「大したもんだと思うよ。あんまり言いたくないけどね。一流選手になった証。認めてあげたということ」

 プロ入り後は、テレビの前で17年間、一挙手一投足を追った。球場に足を運ぶのは年に数回。同じ角度からの映像で状態を確認するためだ。「思い出に残る一本は13年4月21日、広島での300号。女房と一緒に旅行に行ったついでに球場行ったら打ってくれた」と懐かしんだ。

 阿部が初めて野球のユニホームを着たのは2歳の頃だった。グラブで球を捕れば東司さんは「凄い」と褒めた。投げ方を教えたことはない。野球の楽しさだけを植え付けた。「子供も大人も褒められたらうれしいでしょ。俺は父親を1歳の頃に亡くしているから、父と子の関係が分からなかった。野球部の先輩と後輩みたいな感じでやっていたね」

 小学生時代は連日、近所のバッティングセンターに通った。「とにかく逆方向へ打てって言っていた。引っ張ったらダメって。それだけは許さなかったからね」と指導法はシンプルだった。

 浦安シニアに所属した中学生の頃、チームのコーチとなった。野球のルール、自身が培ってきた捕手の心構えを叩き込んだ。投手が制球に苦しんだら、ボールを拭いてから返球する。直球の抜け球が続いたら、カーブを要求しリリースの感覚を修正させる。勝負どころで甘く入れば“しっかり投げろ”という意図を、矢のような返球で示す。「あいつはプロでもそういうことを当たり前にやっていたでしょ」と回想する。

 安田学園では1年時からレギュラー。夏は三塁手、秋の新チームから正捕手になった。

 「高校からプロに行けるとは全然思ってなかった。掛布に相談したら“大学での4年間は絶対にプラスになる”と言うから、そうだよなって」

 スカウトの目に留まる存在だったが、自身と同じ中大へ。在学中にシドニー五輪に出場した。東司さんは、入学直後の練習を見て、プロ入りを確信した。

 「1年の頃だね。ホームゲッツーのノックで捕球してから体がクルッて回って一塁に投げた。“おっ、体が切れてきたな。これは面白いな”って」

 プロでは巨人の主軸を担い、2度のWBC出場など、国際大会でも活躍した。そして、金字塔を打ち立てた。それでも、2000安打は通過点。これは親子共通の思いだ。

 「本人が辞めたいと思うまでやればいいんじゃないかな」。コーチではなく、父親の顔つきで、そう言った。 (川島 毅洋)

 ◆東司さんの高校時代 習志野(千葉)2年時の1972年夏の甲子園に出場。8月13日の1回戦、東洋大姫路(兵庫)戦で「6番・捕手」で先発出場し、3安打1打点。チームは3―5で敗れた

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