【決断】楽天・金刃「一度、死んだ」身…2度目はない

【決断】楽天・金刃「一度、死んだ」身…2度目はない

 ◇楽天・金刃憲人投手(33)

 投げる相手が、敵の打者から味方に変わる。金刃は来季、楽天で打撃投手の職を得た。役割を全うすることを前提として、目指すところがある。

 「パソコンも、データも学びたい。社会人として会社をもっと知りたい。選手の時は社会人という感覚がなかった。今までできなかったことをしたい」と先を見据える。

 10月下旬。携帯電話が鳴った。球団からだった。「明日、事務所に来てくれ」。家族で外出先のエレベーターに乗るところだった。「来たか…」。一緒にいた夫人と目が合った。不安げな表情は今も覚えている。「夫婦で“今年は大丈夫かな”とか話していたんですけどね」。ただ、現役生活を終えることは電話がきた時点で決まっていた。

 12年オフに巨人からトレードで加入。その時のことを金刃は「一度、死んだ」と表現する。2度目はない。「戦力外と言われたらやめることは、東北に来た時から決めていた」。実際に戦力外通告を受けると「やっぱりショック」だった。33歳。まだやれる自信もある。それでも、自身の哲学に沿った。

 06年ドラフト希望枠で巨人に入団。1年目の07年、2試合目の登板となった4月11日の広島戦で黒田と投げ合った。先発し6回1失点で初勝利の歓喜を味わった。「翌年、黒田さんはメジャーに行かれた。その投手に投げ勝った。自信になりました。あれがあったから11年間やってこられた」。その試合、同僚の豊田が通算150セーブを挙げたが、ウイニングボールを譲ってくれた。今でも兵庫県尼崎市の実家にしまってある。

 楽天加入は大きな転機となった。移籍1年目の13年、4月に1軍昇格すると星野監督からサイドスローに転向するよう言われた。「“いきなりですか”と。冗談だと思った」。試合前練習の2時間前には球場入り。室内練習場でひたすらネットに向かって投げ続け、形にした。その年、中継ぎとして39試合を投げて防御率1・85。日本一に大きく貢献した。変則フォームはもろ刃の剣。左脇腹から背中に痛みが走るようになった。今季の出遅れもそれが要因。しかし「あれで(楽天で)5年できた」と後悔はない。

 背番号が大きくなったユニホームを着る。チームのために、まだまだ投げる。 (黒野 有仁)

 ◆金刃 憲人(かねと・のりひと)1984年(昭59)4月10日生まれ、兵庫県出身の33歳。市尼崎―立命大を経て06年希望枠で巨人に入団。12年オフに楽天にトレードで移籍。16年には6月11日の広島戦、同25日のソフトバンク戦で1球勝利を達成。通算2度は史上初となった。1メートル76、80キロ。左投げ左打ち。

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