ヤクルト監督1年目の90年春のユマキャンプで連日1時間半に及んだミーティング。ある夜、野村監督は「カウントは何種類あるか分かるか?」と尋ねた。ほとんどの選手が即答できなかったという。0―0からフルカウントまで12種類のカウントがある。それぞれに投手心理、打者心理が働き、たった1球が勝敗を分ける。カウントというテーマだけで何時間もかかった。

 「配球論、待ち球の絞り方、それに(相手投手の)カウント球を知れ、と…当時は考えもしなかったことでしたから」。橋上秀樹氏はその全てが実戦に役立ったと振り返る。初球がボールになれば投手は2ボールにしたくないからストライクを取りに来る確率が高くなり、打者は狙いやすくなる。逆に初球ストライクなら、打者は追い込まれたくないから2球目に手を出す確率は上がる。そうしたカウントごとの対応などについて「あらゆることに根拠があると言われた」と広澤克実氏(スポニチ本紙評論家)は言う。

 その年、右翼のレギュラーに抜てきされた柳田昌夫氏(現審判員)はある試合で、3―0から外角直球を見逃してこっぴどく怒られた。ベンチに戻ると「お前ごときに、まともに真っすぐなんか来ないんだよ!」と。相手は制球のいい投手で、状況を考えれば、3―0からの直球は絶好の狙い目だった。野村氏は「2ボールになったら外角直球を狙え」と言っていたが、この場面はその応用編。「待て」のサインが出なかったことに意味があった。

 「2ボールになったら投手の負け」とも話した野村氏は、例外を挙げていた。西鉄・池永とバッテリーを組んだ67年の球宴。「“ノムさん、2ボールにするけど気にせんでください”と言って2ボールから外角スライダー。打ち気満々のセ・リーグの強打者だから、みんな引っかけて内野ゴロや。なるほどなと思ったよ」。この経験も状況に応じてID野球に生かしていた。

 「野球には原理原則がある」。それを根拠を持って整理し、懇切丁寧に説いた。基本を身につければ応用も利く。野村ID野球。当時の選手は誰もが「試合で全て当てはまった」と口をそろえた。(特別取材班)