◇練習試合 阪神10―0ヤクルト(2020年3月22日 神宮)

 記者席で口に出さなかったし、何も証明できるものはないが、あの時、北條史也は三遊間に打つと思った。連打で無死一、二塁となった阪神5回表だった。

 当初のサインは送りバントだった。バントの構えから3連続ボール。1球バスターの構えで待って3ボール―1ストライクとなった時である。

 ベンチの指示は「打て」または「バスター」に切り替えての強攻だと思った。そして相手ヤクルト・バッテリー(今野龍太―中村悠平)は進塁打の「右打ち」を警戒して内角を攻めてくる。こんな時、北條は逆に引っ張って、三遊間を破るのが得意なのだ。

 過去に北條が同様の「右打ち」が予想される場面で見事に三遊間を抜く光景を幾度も見てきていた。相手の攻めを読んで引っ張って快打する。いわば十八番である。

 かつて、巨人監督時代の長嶋茂雄が「曲者」と呼んだ、元木大介(現巨人ヘッドコーチ)のような打撃と言えばいいだろうか。

 果たして、サインはバスター・エンドランで2人の走者はスタートを切った。中村は内角に構え、今野の直球は甘く真ん中寄り低めにきた。そして北條は思い切って引っ張り、三遊間の真ん中をゴロで破ったのだ。予感的中。そして二塁走者生還の適時打となった。

 トラ番に聞くと、この打撃を監督・矢野燿大も試合後、「持ち味やからね」とたたえたそうだ。「持ち味をそのままやるというのは簡単ではないが、長所になって相手に嫌がられるのはチームにとってすごくプラス」。ひょっとして、矢野も三遊間突破を予感していたのではなかろうか。

 北條は1回表無死二塁では「右打ち」(右飛)で走者を三進させており、左右双方へ臨機応変の打撃を見せて光った。

 この日の北條は2番打者だった。野球批評家・草野進が<二番打者を義務感や原罪意識の暗さから解放しうるイデオロギーが必要だ>と書いたのは1984年だった=『どうしたって、プロ野球は面白い』(中央公論社)=。バントや進塁打といった犠牲的精神にしばられ、苦しそうにしていた2番打者の姿勢は近年、大きく変わってきている。この点は実に喜ばしい。自由度が増した分、2番打者の打撃が勝敗を分けることも増えた。

 公式戦では2番に近本光司(目下調整中)の起用する構想がある。左打者の近本も同じ走者一塁や二塁で右方向への打撃が望まれる時、反対に三遊間を抜く手がある。相手は左打者に引っ張らせまいと外角攻めが予想されるからだ。

 この三遊間をアメリカでは俗に「5・5ホール」と呼ぶ。ホールは穴の意味。三塁手(5)と遊撃手(6)の間で5・5というわけだ。

 この5・5ホールへの打撃を得意としていたのが大リーグ通算3141安打の「安打製造機」、殿堂入りもしたトニー・グウィン(パドレス)だった。1980―90年代に活躍した左打者で「相手が引っ張らせないように攻めてきた時は5・5ホールに打つんだ」と狙い打ちしていた。

 もちろん、相手バッテリーも内角(または外角)一辺倒で攻めてくるわけではない。北條、そして近本。2番打者の5・5ホールを巡る駆け引きが一つのカギを握っている。見物である。=敬称略=(編集委員)