Jリーグの原博実副理事長(61)は27日、約4カ月ぶりのリーグ再開(J3は開幕)を万感の思いで迎えた。不測の事態が発生した場合に備え、全国の試合映像を自宅の「DAZN」でくまなくチェック。サッカーのある日常が戻ってきたことへの喜びと感謝、中断期間中の苦悩などを本紙に語った。

 週末にサッカーが見られる。改めて幸せだなと思う。今回は直前まで何が起きても対応できるよう、15時から21時までDAZNで観戦した。無事に終えたことが一番の収穫。リモートマッチは選手の声、ぶつかり合う音まで聞こえる。喜び過ぎて抱き合ったりしてるところもあったけど、でも出ちゃうんだろなぁ。サッカーができる喜びが伝わってきた。

 先月、93年5月15日のJリーグ開幕戦の映像(公式YouTube)を見た。決してうまくはないけど当時の選手から感じたのは、自分たちが成功させるという使命感。今日の選手たちも同じ気持ちを持ったと思う。うれしかった。人間はまず生きなくてはいけない。でも世の中が正常に戻ってくるとサッカーは必ず必要になるんだと改めて感じられた。

 緊急事態宣言も出た4月ごろ、サッカーができる日は想像できなかった。その中でやれることに向き合い、再開の日程、リスク軽減の策を常に考えていた。選手会ともウェブ会議を重ね、正直にリーグ全体の年間予算や試合ができなかった場合の入場料、スポンサー収入のインパクトも打ち明け、共に乗り切ろうと呼び掛けた。選手のメンタル面をケアする体制も整えた。

 再開までを振り返ると「降格なし案」がくさびになった。感染者が出たクラブもある。地域ごとの拡大状況も違い、もはや公平性は保てない。不公平をのみ込み、前に進むには降格なし案が必要だった。再開日を巡る議論など重ねた会議は数え切れない。再開が8月までずれ込めばルヴァン杯の開催を再考する可能性もあった。やっとここまで来た。

 約4カ月ぶりのJリーグ。応援の音声を流すクラブ、給水方法も工夫していた。選手のコンディションも心配したが杞憂(きゆう)だった。今朝、家の周りを走ると子供たちがサッカーをしていた。そういう日常がうれしい。今後、陽性の人が出てくるかもしれない。それでも淡々と対応しコロナと付き合っていく。今年は何とかリーグを成立させる。皆が一緒の船、絶対に沈ませない。それが使命だと思う。

 ◆原 博実(はら・ひろみ)1958年(昭33)10月19日生まれ、栃木県出身の61歳。矢板東―早大を経て三菱重工入りしFWとして活躍。大学時代から日本代表に選ばれ、国際Aマッチ通算75試合37得点。92年の引退後は浦和とFC東京で監督も務めた。09年に日本協会の技術委員長に就任し、13年から専務理事。16年の会長選で落選直後に退職し、Jリーグの副理事長に就任した。