巨人・会田有志3軍投手コーチ(36)が28日に都内の都営新宿線馬喰横山駅構内で人命救助を行っていたことが29日、分かった。エスカレーターから転落して意識を失った中高年の男性を胸骨圧迫による心肺蘇生法とAED(自動体外式除細動器)で救助した。同コーチは同じ09年に現役を引退した木村拓也氏が翌10年に37歳の若さで急逝したことを受け、救命講習などを積極的に受講。今回の救出劇につなげた。

 川崎市のジャイアンツ球場で3軍選手を指導し、帰宅途中だった28日午後8時すぎ。会田コーチは馬喰横山駅地下構内のエスカレーター前で、男性があおむけに倒れているのを発見した。顔は血だらけで意識はなし。駆け寄って声をかけても反応はなかった。

 会田コーチは「誰か119番通報してください!」、「誰かAEDを持ってきてください!」と周囲に声を張り上げ、胸骨圧迫による心肺蘇生法を開始。AEDが手元に届くと電気ショックを一度行い、胸骨圧迫を続けた。しばらくすると男性のまぶたが動きだし、意識も回復。「お名前を言えますか?」と声をかけると男性は答え、到着した救急隊に搬送されていった。

 会田コーチは中大から05年大学生・社会人ドラフト7巡目で巨人に入団。1年目の秋にサイドからアンダースローにフォームを変更し、07年には34試合に登板した。09年に現役を引退。ともに引退セレモニーを行ったのがコーチに就任したばかりの翌10年4月7日にくも膜下出血で急逝した木村拓也氏だった。

 「木村さんがグラウンドで倒れ、亡くなりました。それから選手たちの命を守りたいという意識を強く持つようになりました」と話す会田コーチは、16年にアスリートのリハビリを専門とする日本スポーツ協会公認の「アスレチックトレーナー」の資格を取得。今回の人命救助につながり「男性が回復して本当に良かったです。毎年、国際武道大の先生から(救命)講習を受けていたため、迷わず落ち着いて対応することができました」と話している。迅速かつ的確な行動が、一つの尊い命を救った。

 《ノック中に倒れ37歳の若さで…》木村拓也氏はユーティリティープレーヤーとして広島、巨人などで活躍し、09年に現役を引退。10年に巨人の内野守備走塁コーチに就任したが同年4月2日の広島戦(マツダ)の試合前、シートノック中にグラウンドで突然倒れた。AEDでの心肺蘇生措置などを施された後に広島市内の病院に緊急搬送され、くも膜下出血と診断され入院。意識不明の状態が続いたが、同7日午前3時22分、37歳の若さで死去した。

 《東京メトロ&都営地下鉄の全駅設置》AEDは、東京メトロ、都営地下鉄の全駅に設置されている。緊急救命活動を円滑に行えるように通行量が多い改札付近に設置されている駅が多い。遠くからでも目立つように色はオレンジ。資格を持っていない人でも音声ガイダンスに従って、誰でも使用することができる。

 ◆会田 有志(あいだ・ゆうし)1984年(昭59)1月30日生まれ、埼玉県出身の36歳。巨人3軍投手コーチ。父は元ヤクルトの会田照夫。佐野日大高では3年夏に甲子園に出場。中央大を経て05年にドラフト7巡目で巨人入団。09年に引退して10年から2軍トレーニングコーチ補佐に就任。通算成績は37試合で3勝2敗、防御率2・88。1メートル78、75キロ。右投げ右打ち。