昨年度のゴールデンブーツを獲得したラツィオ所属FWチーロ・インモービレは、以前ディエゴ・シメオネのアトレティコ・マドリーと契約した可能性があった。しかし、このイタリア人は当時ユルゲン・クロップが率いていたボルシア・ドルトムントへの移籍を選択。結果的に、ドイツでの時間は期待された通りには行かなかった。

昨シーズンのセリエAで36ゴールを挙げたイタリア代表ストライカーは、ラツィオでの5シーズン(188試合)で134ゴール(36アシスト)を記録している。彼は間違いなく生まれながらのストライカーである。

ロベルト・レヴァンドフスキがボルシア・ドルトムントを退団すると、2014/15シーズンに同選手の後釜に抜擢されたインモービレ。同時にジエゴ・コスタを失ったアトレティコ・マドリーも彼に興味を示していた。しかし、トリノで23ゴールを挙げたばかりのイタリア人は、ドイツ行きを選択した。

インモービレのストーリーは大きく異なったものになっていたかもしれない。親友であり元代理人のサンドロ・フェローネ氏が『Transalpina』紙で語った。
「ドルトムントも、アトレティコ・マドリーも欲しがっていたけれど、ドイツを選んだ。最初はレギュラーで得点していたが、その後はチャンピオンズリーグの敗戦をうまく受け止められなかった」

チャンピオンズリーグ・ノックアウトステージ1回戦でユヴェントスと対戦したドルトムントは、2戦合計1-5で惨敗。インモービレは1stレグに先発起用されるも、2ndレグでの出場機会はなかった。

また、インモービレ自身も数ヶ月前に『AS』紙で6年目の異国での初挑戦を振り返っている。
「どっちも好きだったけど、ボルシアとはすでに合意があったから撤回はしたくなかった。ボルシアにはクロップがいて、チャンピオンズリーグ決勝に出場した素晴らしいチームがあった」

「あの年は思い通りにはいかなかったが、悪くはなかった。勝利に慣れているチームの中で、初めて異なる国でプレーした、それはそれで大変だったよ。チャンピオンズリーグでは4ゴール、合計10ゴールを記録した。私にとって難しかったことは、監督がベテランを信頼していたこと。でもそれが正解だった。若手と外国人は少し脇に押しやられていた」とインモービレは告白している。