記録よりも勝つこと。サニブラウンが教えてくれた「短距離走の本質」

記録よりも勝つこと。サニブラウンが教えてくれた「短距離走の本質」

 8月9日の世界陸上男子200m準決勝。向かい風0.3mと3つの組の中で最も条件が悪い第2組を走り、1位のジェリーム・リチャーズ(トリニダード・トバゴ)には0秒29差をつけられたものの、20秒43で2位になったサニブラウン・アブデル・ハキーム。レース後の第一声は「いやぁ、ラッキーでしたね」。その口調には、いつもの彼には感じられない高揚感があった。

 サニブラウンが準決勝でラッキーだったことと言えば、100m予選で競り勝った不調のヨハン・ブレーク(ジャマイカ)と再び同走になったこと。19秒台を出しているメンバーはリチャーズだけだったこと、集中して走れる一番外側の9レーンだったことの3つだろう。

 スタートからスムーズに加速して、他の選手を少しリードしたままカーブを走り、直線に出た時はリチャーズに次ぐ2位だった。

「後半になっても誰も来なかったので、このままいけるのかなと思いました。今日は最初の100mに集中していて、そこで、いい具合に乗れて走れたのでそれがよかったと思う。決勝進出の実感はあまりないですが、決勝では後半の100mも、もっと足を回すようにして、今日は若干足が流れていたから、そこをまとめて、決勝へ行くだけではなく、しっかり戦えるように、もう一段階上げていきたいと思います」

 こう話したサニブラウンは、今年6月の日本選手権で03年の末續慎吾以来14年ぶりの100mと200mの2冠獲得を果たしている。その末續は、03年パリ世界選手権200mに世界ランキング3位の20秒03のタイムを持って臨み、決勝ではラスト5mで差し返して銅メダルを獲得と、日本男子ショートスプリントの歴史を作った。サニブラウンが世界選手権200mの決勝進出という偉業を、日本選手権2冠とともに今年受け継いだというのにも運命的なものを感じた。

 サニブラウンは準決勝の通過記録で一番遅かったとはいえ、組2位で通過したことで決勝は8レーンと走りやすいところになった。100mの準決勝のあと、「いくら持ちタイムは速くても結局は一緒に走らないとわからない部分はあるので、一緒に走ってそこで誰が強いのかというのがこの大会では問われていると思う」と話していたように、ビッグネームが相手でも、怖気づくことなく走っていたからこそ呼び込んだ運だろう。

 10日の決勝も、19秒77のアイザック・マクワラ(ボツワナ)を筆頭に、サニブラウン以外は19秒台を持つ選手たちだったが、強気な気持ちは変わらなかった。スタートからうまく加速すると、前半は9レーンのアミール・ウェブ(アメリカ)との差を一気に詰めただけではなく、他の選手たちもリードする走りをしていた。

「緊張は全然してなかったし、むしろ世界のファイナルだったので、とことん楽しんでやろうと思っていました。メンバー的にも自分より速く前半の100mを走る人はいないと思ったので、いけるだけいって、そこからリズムを保っていけば前で勝負ができると思っていました」

 しかし、ここは決勝。さすがにコーナー出口の手前からは、インコースの選手たちが襲いかかってきた。直線に出た時は4〜5番手。

「コーナーの出口くらいでちょっと脚にきて。そこから体勢を保っていこうと思ったけれど、ラスト100mは脚が痛くて全然動かなかった。右足ハムストリングの筋の上部が張っていた。本当に悔しいです」と言うように、最後は地面を蹴った足も後ろに大きく流れるバラバラの走りで、向かい風0.1mのなか、20秒63の7位という結果に終わった。

「ゴールしたあとは『脚も痛くなくて後半も回せていたら違っただろうな』と思いました。でも、本当に調整も含めて世界選手権へ挑んで、そこで勝つのが一番強い人なんだと思いましたね。いくら速い自己ベストを持っていても、結局は全ラウンドを走り切って、1番にならなければまったく意味がないというのを、肌で感じた試合だったかなと思います」

 レース結果は、20秒09で走った伏兵のラミル・グリエフ(トルコ)が優勝して、2位と3位はウェイド・バンニーキルク(南アフリカ)とリチャーズが1000分の1秒差で分けた。さらに4位と5位は20秒2台。ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が回避したことで本命がいなくなり、200mと400mの2冠獲得を期待されたバンニーキルクも400m決勝翌日の200m準決勝で疲労もあったのか、組3着でタイム上位のプラスで拾われる状態だった。

 大本命不在で、優勝のチャンスが誰にでもあるレースでは、記録が伸びないということはよくある。だからこそ、サニブラウンの脚がもし万全で、直線に入ってトップに立っているような状況を作り出せていたら、ほかの選手の焦りを誘い、さらに混戦に拍車をかけていたはずだ。下克上を起こせる可能性のあるレースだったことは間違いない。

 日本陸連の伊東浩司強化委員長は、「ゴールを正面から見ていたので、後半の走りはわからなかったですが、19秒台の選手たちをリードした前半の走りは19秒台の走りだと思う」と評価する。さらに「戦力としては貴重だが、脚の状態を考えれば将来のこともあるので、今の段階ではリレーには起用しない方針だ」とも話した。

 彼の世界選手権は、この日までの5レースで終わった。この5本のレースで彼が得たものは、限りなく大きい。

「100mは完璧に今大会のレベルに通用しているかなと思うし、200mも最初の100mは、ほとんどトップの位置で通過しているので、ラスト100mの部分でどんどん伸びてくる選手たちについていけるように練習をしていきたい。決勝進出というのも意味はあると思いますが、戦えないのは面白くないので、まだ満足はできないですね。それに再来年の世界選手権やその次の東京五輪に向けて、これからレベルが上がっていくと思うので、そこでもしっかり決勝に出て、メダルを獲れるように、今回の悔しさと反省点を生かして前に進んでいけたらいいと思います」

 そして、彼にとってレース結果以上の収穫があったと感じたのは、この言葉からだった。

「こういう大会で勝てれば、9秒台や19秒台(という数字)はいらないと思う。必要性もそんなに感じない」

 こういう大舞台では、そんな数字を考えて走る余裕はまったくなく、あくまでも、ほかの選手より先にゴールするということだけ。数字というのは、それに付随してくるものでしかない。

 サニブラウンが今大会、得ることができたレースとの向き合い方。それこそが今の日本のスプリンターたちだけではなく、メディアも含めた周囲の者たちにも必要なものだろう。

 今回あっさりと世界の舞台に駆け上がった18歳のサニブラウンは、そんな短距離の”本質”を私たちに教えてくれたように思う。

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