「センターの神様」を信じる横浜高・増田珠。涙はなし、プロで会おう

「センターの神様」を信じる横浜高・増田珠。涙はなし、プロで会おう

 センターのポジションにたどり着いた増田珠(ますだ・しゅう)は、おもむろにバックスクリーンに向かって深々と頭を下げる。1秒、2秒、3秒……、じっと動かない。時には10秒以上もお辞儀したまま、頭を上げないこともある。

 増田はこのとき、「センターの神様」に挨拶し、祈っているという。

「バックスクリーン全体を見ながら、甲子園のセンターの神様に『また戻って来られました』と挨拶して、『夏の大会でいいプレーができますように』と祈るんです。甲子園の神様に好かれたらいいなと思って(笑)」

 まだニキビの残るあどけない顔立ちで、真っすぐこちらの目を見て言われたら、その存在を信じずにはいられなくなる。もし増田が「サンタクロースはいる」と言えばいるのだ。そう思いたくなるような純真さ、真っすぐさがある。

 甲子園に出る選手、とりわけドラフト候補ともなると、なかには「スレ」を感じる選手が出てくる。何度も繰り返される同じ質問、勝手につけられる的外れなキャッチフレーズ、自分ばかりが注目されることで起きる周囲との摩擦……。自然と言葉に張りがなくなり、つまらなそうに受け答えする選手が何人か現れるものだ。しかし、増田にはそんなスレを感じたことが一度もない。

 増田はメディアに「どんな選手になりたいですか?」と問われると、いつもこう返している。

「小さい子どもに夢を与えられるような、『増田のような選手になりたい』と言われる選手になりたいです」

 多くの高校野球ファンは増田のことを「横高(よここう)らしくない選手」と評する。横浜といえば、かつて渡辺元智監督、小倉清一郎部長の名コンビによって、数々の金字塔を打ち立てた。能力の高い選手が緻密な野球を実行し、勝利に近づく。自由奔放な選手よりも、高度な技術を仕込まれた野球IQの高い選手が重大な任務を遂行するようなイメージが強い。

 しかし、時代は変わった。若い平田徹監督が就任して以来、往時の横浜らしさを残しつつ、より選手をスケールアップさせるチームカラーになっている。天真爛漫な増田は「平田野球の申し子」と呼べる存在なのかもしれない。

 4万7000人の大観衆で埋まった秀岳館(熊本)との1回戦。試合前の取材で増田に聞いてみた。「この試合で初めて増田選手のことを見る野球ファンもいると思います。そんな人に自分のどんなプレーを見てもらいたいですか?」と。増田はやはり真っすぐこちらを見つめて、こう答えた。

「野球を楽しんでいるところですね。『こんなに楽しんでいる人がいるんだ!』と思うくらい、元気ハツラツとした、全力のプレーを見せたいです」

 そして、いざ試合開始を告げるサイレンが鳴ると、「新生・横浜」の良さと悪さがともに顔を出す試合になった。

 この試合で横浜が記録した残塁は0。一見、効率がいいように思えるが、その中身は今の横浜を象徴していた。出塁した8人のランナーのうち、4人は本塁に生還したものの、残りの1人は併殺打、そして3人は走塁死した。

 走塁死したなかの1人は増田だった。2回裏に死球で出塁すると、続く万波中正の打席でスタートを切る。万波が空振り三振に倒れ、捕手が二塁に送球。しかし、増田は二塁手前で突然減速してタッチアウトになってしまう。

「ボールが見えなくて、(空振りが)『ファウルかな?』と思ってしまいました」

 試合後に増田はそう語ったが、惜しまれる凡ミスだった。横浜は他にももったいない走塁ミスでチャンスの芽を潰すケースが目立った。

 しかし、4点ビハインドで迎えた5回裏、増田は先頭打者としてセンター前にヒットを放つと、二塁まで進んだのち、果敢に三盗を試みて成功させる。

「自分が打って、なんとか流れを呼びたいなと。三盗は(試合展開が)押されていたので、少しでもチャンスを拡大したいと思ったのと、相手にスキがあったのでいきました」

 6番・主将の福永奨が3ラン本塁打を含む4打点の大活躍で、横浜は猛烈に追い上げる。このあたりは、多少のミスは実力でカバーする「新生」らしさが出た。しかし、横浜は反撃及ばず4対6で敗れる。

 試合後、増田の目に涙はなかった。「泣かないと決めていた」という。

「正直言って、自分たちの代でここまで来られると思っていませんでした。ミスが多かったのは、下級生が多かったこともありますし、仕方がないというか……。でも、みんなが頑張ってくれたから、ここまで来られたと思います」

 ミスを指摘することは簡単だ。だが、ある程度おおらかな視点で見守られてきたからこそ、横浜は増田珠という純真無垢な逸材を育成することができたのではないか。

 かつて、増田はこんなことを言っていた。

「横高に入った頃は、本当にひどかったんです。入寮してすぐ腹痛になって、3日間練習を休んで……。初めて練習試合に出たときも満塁でトンネルをしたり、2〜3打席連続で三振したり……。『ダメだ、終わったわ』って思いましたから(笑)」

 横浜高校長浜グラウンドにいる「センターの神様」から課せられた、過酷な試練。そのとき、増田は当時の渡辺監督からひと言も責められることなく、こんな言葉をかけられたという。

「最初に大失態するくらいのほうが、いい選手になるものなんだよ」

 その渡辺監督の予言めいた言葉が、すでに現実のものになっていることを今の増田の成長ぶりが示している。

 そして、一部でささやかれ始めている「横浜はポテンシャル頼み」という批判を封じるには、これからチームとしてさらなる進化を見せるしかない。

 増田は後輩たちに思いを託し、こう語る。

「万波を中心にいいチームをつくってくれるはずです。大阪桐蔭と一騎討ちするくらいのチームになってほしいですね。そのためには、全国に出てくる速いピッチャーを相手にどれだけ打てるのかの勝負だと思います」

 名門校が甲子園で初戦敗退したことで、眉をひそめるファンやOBも少なくないだろう。しかし、少なくともこの2年5カ月間、多くの人々が増田のプレーから活力を受け、新たな横浜高校ファンが増えたことは間違いない。増田のプレーは、すでにそんな影響力を宿している。

 甲子園のセンターの神様は、きっとこう言いたかったのではないだろうか。「君がここで本当の意味で輝くのは、もう少し先だよ」と。

 2017年8月11日、自分は増田珠のプレーを見ていた──。野球ファンがそのことを自慢できる日は、きっと近い未来に訪れるに違いない。

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