負の連鎖を断ち切る1本の犠打。履正社スタイル徹底で初制覇を遂げた

負の連鎖を断ち切る1本の犠打。履正社スタイル徹底で初制覇を遂げた

 センバツ準優勝2回。T−岡田(オリックス)、山田哲人(ヤクルト)、安田尚憲(ロッテ)らドラフト1位の野手も複数誕生。どんなに強くなっても、どんなに強力打線になっても、履正社(大阪)・岡田龍生監督はバントに重きを置く姿勢を崩さない。

 今夏の大阪大会でも、チーム打率.367、本塁打10本の強力打線にもかかわらず、7試合で15犠打。ランナーが出れば確実に犠打で進塁させる。それが変わることのない”履正社スタイル”である。


星稜を破り、甲子園初優勝を飾った履正社ナイン

 ところが、この夏の甲子園ではそのお家芸が決まらなかった。準決勝までの5試合で犠打の失敗は6(成功は8)。準決勝の明石商(兵庫)戦では2度試みて2度とも失敗。岡田監督も「バントが決まらんのですわ。一発(1球)で決まると流れができるんですけどね」と嘆いていた。

 決勝の相手は最速154キロの速球とキレ味鋭いスライダーを持つ星稜(石川)の奥川恭伸。ストレート、変化球とも超高校級で、バントを決めるのは容易なことではない。

 2回表にその場面がやってきた。先頭の内倉一冴(かずさ)がヒットで出塁すると、岡田監督は6番の西川黎(れい)に送りバントを命じる。だが初球、スライダーをファウル。2球目もスライダーをファウル。またも決まらないのか……。そんな嫌なムードになりかけた3球目、西川は3球続いたスライダーをピッチャー前に転がし、なんとか成功させた。

「(それまでの失敗は)バットでいってしまっていたので、体を使ってやろうと。自分はアウトでいいので、絶対にランナーを送ろうと思いました。自分たちはバントを大事にするチームなので、大会中もずっと練習していました」(西川)

 この成功で履正社ナインは”バントの呪縛”から解き放たれる。

 5回表は無死一塁で2番の池田凛がカウント1−0から一発で送ると、8回表にも無死二塁から西川が同じく1−0から1球で成功。続く7番・野口海音(みのん)の勝ち越し打を呼び込んだ。さらにその野口を、8番の野上聖喜(いぶき)が初球をセーフティー気味に送って、続く岩崎峻典(しゅんすけ)のタイムリーを生んだ。


西川黎の犠打からリズムをつかんだ履正社打線

 池田は言う。

「(2回表の西川の打席で)2ストライクになって『どうなんかな』というのはあったんですけど、あそこで決めてくれて雰囲気がよくなりました。自信というか、勇気づけられたのはありました」

 野上も続く。

「きっちりやったらいけるなと思いました。気持ちっすかね」

 取手二、常総学院(ともに茨城)を率いて甲子園で3度の全国制覇を達成した木内幸男氏は、かつてこんなことを言っていた。

「ひとりが失敗すると、みんなできなくなっちゃうの。だから、ひとり成功したら、その子をうんとほめる。そうしたら『オレもできるかな』って思うんです。それが子どもなんですよ」

 この試合で最初のバントを西川が決めたことで、履正社に”負の連鎖”がなくなった。それ以降は1回でバントを成功させ、攻撃のリズムをつくるという本来のスタイルを展開した。星稜の捕手・山瀬慎之助は2回の西川の場面について、こう悔やむ。

「(2ストライクになり)1球ストレートを挟もうと思ったんですけど、3球でいけるかなと思ってしまった」

 そして履正社の攻撃で特筆すべきは、3回表、二死一、二塁で4番・井上広大がバックスクリーンに飛び込む3ランを放った場面だ。打った井上も見事だが、見逃してはならないのがその前を打つふたりの打者である。2番・池田と3番の小深田大地(こぶかた・だいち)が二死から四球を選んだことだ。

 奥川は石川大会24イニングでわずか3四死球しか与えておらず、甲子園でも抜群の制球力を誇っていた。そんな精密機械と言ってもいいエースの連続四球に、女房役の山瀬は「初めてです」と驚きを隠せなかった。きわどい判定の球もあったが、池田と小深田が低めの変化球をしっかりと見極めた。山瀬が言う。

「今日の奥川のデキはこの夏の大会でワースト。キレがなかった。試合中、奥川が『球がいかない』と言うのは初めてでした。自分もテンパってしまったところがあって……まずいなと思いました」

 そうした動揺がもろに出たのが、その3回の井上への初球だ。テイクバックで手を上げようとしたとき、右手が太ももに触れてしまったのだ。そのためしっかりとトップがつくれず、中途半端に投げてしまった。その結果が、高めの甘いスライダーになり、痛恨の一発を浴びる結果になってしまったのだ。

 奥川は「ボールにしようと思ったんですけど、ダメでした」と言ったが、山瀬は「いつもの奥川なら(ボールに)できた」と言う。本来のボールが投げられず、「今日はうまくいかない」という気持ちが、奥川の危機回避能力や修正力を鈍らせてしまった。

「いつもは(体が)前に倒れているとか、(体重が)前に乗っていないとか言うと、奥川なりに解釈して修正するんですけど、今日はそれができていなかった」(山瀬)

 履正社相手にソロホームランは想定内だったが、連続四球で走者を溜めてからの3ランはまったくの想定外だった。だからこそ、そのショックとダメージは計り知れないほど大きかった。

 その後も奥川はリズムに乗ることができず、三者凡退は9イニングでわずか1回だけだった。試合前は「サインにわざと首を振って、相手を惑わすことも考えている」と語っていた奥川。相手を観察して、駆け引きしながら投げるのが本来のスタイルだったが、この日に限っては自分自身と戦ってしまった印象が強い。

 自分たちのスタイルに持ち込んだ履正社と、本来の投球ができなかった奥川。早い段階で”負の連鎖”を断ち切った履正社の勝利だった。

著者:田尻賢誉●文 text by Tajiri Masataka


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