タイサッカーと日本人選手の意外な現状。元代表でさえ活躍は難しい

タイサッカーと日本人選手の意外な現状。元代表でさえ活躍は難しい

 日本でタイのサッカーといえば、Jリーグで活躍するMFチャナティップ(北海道コンサドーレ札幌)やDFティーラトン(横浜F・マリノス)といったタイ代表選手。そして、今夏タイ代表の指揮官に就任した西野朗監督になるだろう。

 10月15日に行なわれたW杯2次予選では、その西野監督率いるタイ代表が、ティーラトンらの活躍もあってホームでUAEに2−1と勝利。シード国UAEから貴重な勝ち点3を奪い、3試合を消化して2勝1分けでグループGの首位と好スタートを切っている。


タイ代表を率いる西野朗監督。代表チームの人気は高まっているという

 数年前のタイといえば、岩政大樹や茂庭照幸、カレン・ロバートといった日本代表歴のある選手から、Jリーグで思うような活躍ができなかった選手まで、多くの日本人選手が活躍の場を求めたことが話題となっていた。

 ピークは2014年、2015年頃で、1部と2部を中心に約60人から70人の日本人選手がプレー。1部相当のタイ・プレミアリーグ(現在はリーグ1/T1と名称を変更)に所属していた日本人選手の年俸は「おおむねJ1並」とされ、日本の約3分の1というタイの物価もあって、想像以上にいい生活ができるなどと評判だった。

 だが、数年が経ったいま、状況は変わりつつあるようだ。

 2019年のタイリーグ1は、10月26日、チェンライ・ユナイテッドの優勝で幕を閉じた。今季T1でプレーした日本人選手は、元日本代表の細貝萌(ブリーラム)、ハーフナー・マイク(バンコク・ユナイテッド)を含めわずか5人。リーグ2(2部相当/T2)も、シーズン中の出入りはあったものの、約10人がプレーした程度。その数は年々減少している。

 村上一樹(31歳)は広島大学を卒業後、FC岐阜で3年間プレーしたあと、2013年からタイでプレーを続けている。チェンライ・ユナイテッドで4シーズンを過ごし、その後T2(当時)のPTTラヨーン、アーントーンFCを経て、今季はT1のチャイナートで、センターバックとしてリーグ戦20試合に出場した。タイで7年間を過ごしている村上は、タイリーグの変化についてこう話す。


2013年からタイでプレーを続けている村上一樹

「僕が来た当時は、1部の下位チームはホントに弱かったですが、いまはそういうチームはなくなりました。全体のレベルは間違いなく上がっていると思います。代表チームでいえば、最近はベトナムやマレーシアも力をつけてきていますが、リーグのレベルは東南アジアではタイが断トツで高いと言われています。チャナティップが日本で活躍して注目されていますが、若くてうまい、似たような選手も多く、今後チャナティップ以上の選手が出てきても不思議じゃない。

 ただ、最近は代表チームの人気が上がる一方、クラブチームの人気は下がっていて、お金をかけてでも強くしたいというチームはひと握り。たとえば、4、5年前は2万人の観客が入っていたスタジアムも、今季は2000人くらいしか入っていなかったりする。ネット動画で簡単に試合が見られるようになったことなどもあると思いますが、観客はめちゃ減っています」

 かつては、Jリーグで結果を残せず、タイに来て高給を手にし、バンコク中心部に与えられたジムやプール付きのコンドミニアムで、快適な生活を手にしていた選手も多くいた。もちろん、所属クラブや選手によって待遇は異なるが、そうした例は確実に減っているという。

「僕はJ2の岐阜から、チェンライに同じくらいの年俸で来て、毎年上がっていました。ただ、日本人選手がタイでかなりお金をもらっているかと言われると、そうでもないですよ。僕に限って言えば、岐阜よりはいいけど、というくらい。いま所属しているチャイナートはお金がなく、家は平屋で部屋にはベッドとクーラーとWiFiだけ。テレビも冷蔵庫もないですから(笑)。もちろん細貝さんやマイクは元代表という実績もあるし、僕とは違うと思いますけどね」

 日本人選手が減った理由のひとつとして、多くの選手がタイに来たものの、力を発揮できなかったケースが多かったことも否定できない。

「J2の岐阜をクビになった僕が言うのもあれですが、タイに来れば誰でも活躍できるかといえば、そうでもない。J1でバリバリやっていた人でも、活躍しなかった人もいますからね。こっちに来れば外国人選手という扱いだし、環境に馴染めず結果を出せなければ、シーズン中でも契約を切られます。

 それに、いま外国人枠は7で、その内訳は一般外国人3、アジア枠1、アセアン枠3ですが、ブラジル人は多いし、多くのクラブのアジア枠は韓国人が占めています。韓国人選手の場合は、元代表でも日本人選手より安いらしく、実際に活躍している選手も多いです」

 J1や欧州で結果を残してきたハーフナー・マイクも、夏場以降は登録メンバーから外れるなど、いくら実績があったとしても、所属クラブとの相性が悪く、環境に馴染むことができなければ活躍するのは難しい。一方、村上は所属するチャイナートが16チーム中15位に沈み、来季の降格が決まったが、タイでの7年の経験があり、簡単なタイ語の読み書きもできるとあって、すでに来季の移籍に向けたいくつかの打診が届いているという。

「タイの場合は、サインするまで何もかもわからないですけどね。ただ、タイに来たらこちらに合わせることも必要で、そうした環境には慣れました。生活で困ることはもうないし、いまはタイに拘らなくても、少しでも長くサッカーをできる道を考えていけたらと思っています」


今年からタイの2部でプレーを始めた南部健造

 村上がタイにうまく適応してきた選手なら、南部健造(27歳)はまだタイサッカーに足を突っ込んだばかりの新人だ。南部は東京ヴェルディのジュニア、ユースから、中京大学を経て、2015年にJ3のカターレ富山に加入。その後はJFLのブリオベッカ浦安で2年、FC大阪で1年プレーし、タイに辿り着いた。

 JFL時代は、週3回のサッカースクールなどで生計を立てていたが、プロへの道をあきらめきれずに、今夏トライアルを経てT2のカセサートに加入。リーグ後半戦のみの出場だが、主にFWやウイングバックで起用され、5ゴールを挙げた。

「代理人からは、いまは代表歴がないとタイでも来るのは大変だと聞いていました。実際に僕もいくつかのクラブのトライアルを受けて、移籍期限ギリギリでなんとかカセサートに入れた。JFLで3年やっていたので、環境への不満はまったくない。タイは暑いと聞いていましたが、真夏の炎天下のなか、昼間に開催されるJFLよりはマシですから(笑)。グラウンドがあってボールがあって、サッカーができるだけでも幸せ。来たことは、プラスにしかなってないです」

 カセサートはバンコク市内から車で1時間ほどの郊外にある。住まいは30階建てのタワーマンションの24階で、ジムやプールも完備。南部は何よりサッカーに集中できる環境がうれしいという。練習場へは近所に住むブラジル人選手とタクシーに乗り合って向かい、所要時間は20分ほど。ただ、帰りの渋滞がひどいと2時間近くかかることもあり、そんなときはバイクタクシーを使って帰宅するそうだ。

 JFLと比べて、ピッチ内外でルーズなところはあるものの、毎日は充実している。

「まだ自分は来て日が浅いですが、タイのレベルは低いとは思わないし、ブラジル人を中心にいい外国人選手も多い。来季はどうなるかわからないけど、とにかくまずはT1のチームへ行くこと。T1で活躍すれば、日本に戻ってJ1でプレーできる可能性だってあるかもしれない。サッカーをやっている以上、たとえ1試合でもA代表の試合に出たいというのが僕の目標です」

 近年の急激な経済成長とともに、タイのサッカー事情もここ数年で大きく変わりつつある。代表チームの人気が上がる一方で、国内リーグが低迷期を迎えているという話は、Jリーグ開幕バブルが去ったあとの日本に似ていると言えなくもない。ただ、どんな状況になっても、夢や可能性を追い求めてボールを蹴り続けている選手がいる。そんな日本人選手がいることは忘れずにいたい。


著者:栗原正夫●文 text by Kurihara Masao


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