2月12日、神戸。2020年のアジアチャンピオンズリーグ(ACL)開幕戦で、ヴィッセル神戸はマレーシア王者のジョホール・ダルル・タクジムをホームに迎えて、5−1と快勝を収めている。小川慶治朗がハットトリックを達成し、マン・オブ・ザ・マッチに選出された。”アジアデビュー”で、総合力の差を示したと言えるだろう。

「アジアを制覇し、クラブワールドカップへ」

 それを悲願とするチームは、幸先のいいスタートを切った。

 なかでも別世界のプレーを見せる男がいた。


ACL初戦で次々とチャンスを作っていったアンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)

「アンドレス(・イニエスタ)は、違う次元のプレーを見せていた」

 ジョホールを率いたベンハミン・モラ監督はそう言って名前を挙げ、白旗を上げた。

「我々はアンドレスを止めることはできなかった。1点目のアシストなど、まさにファーストクラス。スーパーな監督でも、どうにもならないのではないか。自分たちも、この試合のためにトレーニングを乗り越えてきた。改善が見られたと、ポジティブに戦ったのだが……」

 敵将を”降参”させたアンドレス・イニエスタは、神戸を世界に導くことができるのか。

 この夜、アジア初参戦の神戸は「イニエスタ・シフト」を組んでいる。4−2−3−1というシステム表記よりも、イニエスタはもっと自由を与えられ、独立したプレーを許されていた。全体的に前がかりで、4−2−1−3のような表記の方が適切か(郷家友太はボランチというよりもインサイドハーフでプレーし、4−1−4−1にも見えた)。

 ともあれ、イニエスタは気のおもむくまま、ディフェンスラインまで落ちることもあったし、前線に残っていることもあった。

「(トップ下での起用に関して)イニエスタには、ゴールに近いところでプレーしてもらった。クリエイティブなゴールシーンを作るというか、同時にディフェンスの負担を下げる目的があった」

 神戸の指揮官トルステン・フィンクは、試合後にそう振り返っている。

 イニエスタは、戦術そのもののような存在だった。彼がボールを触るたび、乱れが収まり、プレーにリズムが出た。

 敵将も称賛したように、先制点につながるプレーは格別だった。

 前半13分、自陣左サイドまで下がったイニエスタは、絶妙なタイミングでディフェンスの裏へロングパスを送る。右サイドからダイアゴナルのランニングで左へ入ってきた小川は完全に抜け出し、GKと瞬間的に1対1になるとループシュートを選択、ボールはその頭上を破った。小川の裏への抜け出しはすばらしく、シュート技術も見事だったが、イニエスタはほとんど何もない状況から、右足一振りで好機を生み出したのだ。

「ピッチの創造主」

 そんな表現は、大げさではない。

 後半13分には、イニエスタが再び魅せた。一度ボールをわずかに後ろに運ぶと、前へのスペースを空ける。そこに走り込んだ酒井高徳にすかさずスルーパス。その折り返しを、小川が難なく決めた。

 この3点目が入る前、まだ1点差だったジョホールは、不穏な動きを見せていた。しかし、この失点でつなぎ止めていた気持ちが切れたのだろう。勝負の趨勢は決まって、緩慢でラフな守備が目立つようになった。

 イニエスタも、ディフェンスの選手にかなり荒っぽい(足をかっさらうような)チャージを受けていた。プレー中、珍しくディフェンダーに対し、注意を促している。腹に据えかねたものがあったのか。

 その直後のペナルティエリア内、イニエスタは右サイドでボールを持つと、覇気を漲らせる。ゴールライン近くまで運ぶと、ノールックでファーにいたフリーの小川へ。GKまでも破る浮き玉で、あとは小川が押し込むだけのクロスだった。相手を叩きのめす、”お仕置き”プレーにも見えた。

 そして、意気消沈した相手にイニエスタは慈悲を与えない。自由にボールを受けると、古橋亨梧や藤本憲明に次々と決定機をお膳立て。息を吸って吐くほどに自然なプレーだった。

「イニエスタが、才能を最大限に出せる戦い方を選んでいる」

 そう言ってフィンク監督は、戦い方を丁寧に説明した。

「前の試合(PK戦の末に勝利したゼロックススーパーカップ)もイニエスタは90分間、出場していた。少しでも(体力的な)負担を減らしたかった。ただ、この夜のシステムで固めるつもりはない。相手が強い場合は、5バックに戻す可能性も十分にあるだろう」

 イニエスタは、ジョホール戦も後半43分まで出場した。守備の負担を軽減されていたとはいえ、コンディションは悪くないのだろう。所属していたバルサのような常勝クラブでは、常に週2の試合をこなしていたが、勝つことでリズムができ、疲労も少なくなる。それは王者の習慣だ。

「あらためて、イニエスタのすごさを思い知らされた」

 神戸のチームメイトは口をそろえている。

 ACL初陣で勝利を飾った神戸。もしイニエスタさえ万全なら――。”アジア制覇”に向け、少なくとも対等には戦えるはずだ。

著者:小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki