2020年のセクシーフットボール 野洲高校メンバーは今
楠神順平(2)

今年の頭に行なわれた全国高校サッカー選手権大会で、個々のスキルを生かした静岡学園が優勝したのは記憶に新しい。そして今から14年前、同じように卓越したボールテクニックとコンビネーションによる「セクシーフットボール」で、全国制覇を成し遂げた滋賀県の野洲高校を覚えているだろうか。ファンの熱狂を呼んだあのサッカーを当時のメンバーに聞く。

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 滋賀県立野洲高校の門をくぐると、全国高校サッカー選手権大会の優勝を記念した石碑が、目立つところに鎮座している。当時の優勝メンバーから6人がプロになった(楠神順平、青木孝太/元ジェフユナイテッド市原・千葉など、内野貴志/現MIOびわこ滋賀、乾貴士/現エイバル、田中雄大/現ブラウブリッツ秋田、荒堀謙次/元栃木SCなど)。全国優勝がきっかけで人工芝のグラウンドに生まれ変わり、小さなクラブハウスもできた。


14年前、魅力的なサッカーで日本一になった野洲高校。前列中央が楠神順平

 2020年初冬、清水エスパルスとの契約が満了になった楠神順平は、次なる所属先を探していた。野洲高を卒業後、同志社大学、川崎フロンターレ、セレッソ大阪などを経て、2019シーズンは清水エスパルスに所属。その年の12月に契約が満了になったが、まだ32歳。気力、体力ともに充実している。

 チームが見つからないとはいえ、休んでいるわけにはいかなかった。サッカーは個人でトレーニングするには限界がある。楠神が頼ったのは、野洲高時代のチームメイトだった。現在の野洲高は「高校サッカーを変える」というフレーズを体現し、チームを全国優勝に導いた山本佳司氏が総監督になり、優勝メンバーの金本竜市と瀧川陽がコーチを務めている。

 金本は高校時代、キャプテンとしてチームをまとめ、ボランチとして大活躍。瀧川は鹿児島実業との決勝戦で「高校サッカー史上、もっとも美しいゴール」を決めた選手である。

 2020年2月末、野洲高のグラウンドに楠神の姿があった。高校生に混じってトレーニングをし、合間には選手の前で話をしている。

 野洲高のコーチを務める瀧川は「(楠神は)プロの世界で10年以上やってきて、自分らにはない経験をしていると思うんです。それを選手たちに伝えて欲しいと思って、練習の合間に順平に話を振るんですけど、『毎回は無理。せめて1回だけにしてくれ』とか言うんですよ」と、笑顔で隣にいる同級生を見る。

 現役の高校生は、憧れのプロ選手であり、伝説のOBが毎日のようにグラウンドに来て、一緒にトレーニングをすることに、多少の戸惑いを感じているようだ。楠神が「みんな気を使っているのか、あまり話しかけてはこないですね(笑)」と言うと、瀧川が「話しかけるなオーラ出してるやん。すぐクラブハウス帰るやん」と返す。ふたりの会話は漫才のようにテンポがいい。

「喋るのはあまり得意ではない」という楠神だが、セカンドキャリアのことを考えると「こういうことも経験したほうがいいんやろな」と感じている。現役を終えたあとは、指導者になりたいというイメージがある。指導者になるのであれば、言葉で選手を動かす力が必要だ。瀧川が言う。

「僕は順平にめっちゃ話を振るというか『みんなの前で喋ってや』と言っています。急に話を振ったら順平も怒るので、事前に『この練習の合間に振るから、喋れる準備をしといて』みたいに声をかける感じですね」

 最初の頃こそ口数が少なかったが、回を重ねるにつれ、どんなことを話せばいいのかがわかってきたという。

「何回か練習を一緒にすると、選手たちの特徴もわかってきたので、最初よりはだいぶ喋るようになりました。指導とまではいかないですけど、もうちょっとこうしたほうがいいんじゃない? とか」

 ある日のトレーニング後には、選手にこんなアドバイスを送った。ボールポゼッションの練習をしていた時に、楠神は片方のチームがうまくプレーしていたのを見ると、「あれぐらいボールを持てたら、楽にプレーできるよね。相手にボールを取られると、守備をしなければいけなくなるよ」と声をかけた。

 練習の空き時間にはふたりでパス交換をするなど、常に近くにいる瀧川は、楠神のコーチぶりについて「おもしろいですよ」と目を細める。

「順平はプロとして、僕らにはない経験をしているので、選手たちへの響き方が違うと思うんです。プロ生活11年で、15人を超える監督のもとでプレーしているので、いろんな監督のいいとこどりができると思いますし、(中学時代のコーチで野洲高のコーチも務めた)岩谷(篤人)さんも、山本先生も知っている。経験値はかなり大きいですよね」

 楠神は中学、高校を通じて「相手にビビらずにプレーすること」「相手の逆を取ること」について、岩谷コーチや山本監督(当時)に口を酸っぱくして言われ続けてきた。本人は「それがいまのプレーのベースになっているし、その気持ちを持ち続けてやってきた」と言う。

 プロでは川崎フロンターレやセレッソ大阪などで活躍したが、「ドリブルや相手の逆を取ることは、自分の武器になったし、プロでも通用した」と話す。そのベースとなったのは中学、高校時代に培った技術と「相手にビビらない」というメンタリティだろう。

 プロとしてプレーを続ける楠神だが、野洲OBとして、いまの高校生と接する際に、ジレンマを感じることもあるという。

「僕らの頃と違って、今の野洲高はみんながプロを目指していないと思うんですよ。だから、こちらもどこまで言っていいのかわからない。その加減が難しいですね」

 楠神の高校時代同様、全員がプロを目指していて、ハングリーな眼差しを向けてくるのであれば、先輩としてアドバイスはいくらでもできる。しかし、相手にその気がないのであれば、のれんに腕押しだ。

「プロを目指していない子に言えるのは『後悔だけはするなよ』ですね。もしプロになりたい子がいれば、生きる道というか、どうやればいいかは言ってあげたいです」

 野洲高グラウンドの天気は、一日の中でくるくると変わる。背後にある三上山から降り下ろす風は冷たく、そばを流れる野洲川を挟み、晴れていたと思ったら雨が降り、気がつけば雪に変わることもある。


野洲高校の練習に参加した楠神(写真右)と現在チームのコーチを務める瀧川陽(同左) photo by Suzuki Tomoyuki

 楠神は真冬の寒さに耐えながらも、野洲高グラウンドでトレーニングを続け、次のチームを探した。そして3月2日、リリースが発表された。所属先は東京都社会人サッカー連盟1部リーグに所属する南葛SCだ。

『キャプテン翼』の作者、高橋陽一氏がオーナーを務めるチームで、鹿島アントラーズなどで活躍した青木剛を始め、Jリーグでプレーした経験のある選手が何人も顔をそろえている。

 楠神は「サッカーを始めた頃から、ボールは友だちと思ってずっとサッカーをやってきた僕が、『キャプテン翼』から生まれたこの南葛SCというすばらしいチームでプレーできることをうれしく思います」とコメントを発表した。

 楠神は子どもの頃、「住んでいるところが田舎だったので、ボールを蹴るぐらいしかすることがなかった」と、時間を忘れるほどボールと遊んでいた。中学時代のチームメイトで、野洲高で10番をつけた平原研が「リフティングを1万回やったらしい」という噂を聞けば、「頭がおかしくなりそうになりながら」(楠神)も、負けじとやり抜いた。

 中学時代は「1回でも練習を休んだら、次に行った時に、周りのヤツらがもっとうまくなっている気がしたから」と、練習は休まなかった。野洲高時代の遠征先では、楠神を慕う一学年下の乾貴士と共に、リフティング技を披露しては、他校の選手から喝采を浴びた。そして、プロになってからは、磨き上げたテクニックでサポーターを大いに沸かせてきた。

「35歳ぐらいまでは現役を続けて、そこからは子どもたちを教えるか、サッカー関係の仕事に携わっていきたいと思っています」

 そう自身のビジョンを話す楠神。永遠のサッカー小僧の、南葛SCでの新たなチャレンジが始まる。
(おわり)

著者:鈴木智之●取材・文 text by Suzuki Tomoyuki