野球を見ていると、時に勝敗を超越して「いいものを見た」と思える瞬間に立ち会えるものだ。今秋のドラフト候補右腕・宇田川優希(仙台大)が投げるストレートにも、それだけの力がある。

 今のところ宇田川の存在を知るのは、限られたアマチュア野球ファンだけだろう。小中学生時代は無名の存在で、埼玉の八潮南高では140キロを超える速球派投手として多少話題になった程度。仙台大では全国大会に出場した経験もない。


最速152キロを誇る今秋のドラフト候補、仙台大の宇田川優希

 だが、宇田川の「渾身の1球」を目にすれば、たちまちその魅力のとりこになるはずだ。身長184センチ、体重94キロの巨体から角度をつけて放たれる剛速球は、捕手のミットを粉砕しそうなほどの破壊力がある。最速152キロという数字以上の球威と迫力。宇田川のボールには夢が詰まっている。

 それなのに宇田川の存在が全国区になっていない理由は、その投球精度の低さにある。投げてみないとわからない危うさがあり、自慢の剛球も好不調の波がある。

「もどかしさはあります」

 宇田川は喜怒哀楽をあまり表情に出さないタイプらしく、淡々とそう語った。

 3月11日にはロッテ二軍とのオープン戦に先発登板。バックネット裏に多数のNPBスカウトが見守るなかでのマウンドだったが、4回を投げて4失点。NPBの打者を圧倒するボールを投げたかと思えば、直後に炭酸の抜けたビールのような棒球がくる。5三振こそ奪ったものの、3安打3四球を許した。味方の拙守にも足を引っ張られたが、ドラフト候補としては不満の残る投球内容だった。宇田川は試合後、自身の投球をこう振り返った。

「今年に入って全然スピードが出ていないので焦りはあるんですけど、今はそこにこだわらずに変化球で勝負できればいいかなと思います。今日は練習してきたカットボールが通用したのはよかったです」

 この日の最高球速は146キロ。あるスカウトは「まだ3月ですし、モノのよさはわかっているので。また状態をチェックしたいですね」と語り、球場を後にした。

 それからわずか10日後。慶應義塾大とのオープン戦に登板した宇田川は、別人のような姿を見せた。

 5回を投げて被安打1、奪三振7、失点2(自責点1)。四球は1つもなかった。最高球速は147キロだったが、ロッテ戦とは明らかに指のかかりが違っていた。試合後、宇田川は復調のきっかけをこう語った。

「高校時代にお世話になったトレーナーの方に見てもらって、よかった時のフォームと見比べると、軸足で立った直後に右ヒザが前に出てしまって力が逃げていると教えてもらったんです。それから自分の感覚が戻ってきました」

 慶應義塾大という大学屈指の実力チームが相手でも、宇田川は圧倒した。2回にエラーのランナーを一塁に置いて若林将平(新3年・履正社)に甘く入ったストレートをバックスクリーンに運ばれたが、それ以外は出塁すら許さなかった。冴え渡ったのは決め球のストレート、フォークだけでなく、4回には慶應義塾大の正木智也(新3年・慶応義塾高)、若林と中軸の強打者を縦に割れるカーブで連続三振に斬っている。

 ロッテ二軍戦も慶應義塾大戦も視察に訪れた日本ハムの山田正雄スカウト顧問は、グラウンドを後にする前に満足げにこう語っていた。

「ロッテ戦はよくなかったけど、ここまでよくなるのかと驚きました。ボールが強かったし、走っていたよね。今日はほかにもスカウトが多かったし、もっと評価が上がったでしょうね」

 仙台大の投手コーチを務めるのは、自身もロッテでプレーした坪井俊樹コーチだ。坪井コーチに宇田川について聞くと、開口一番「うらやましいですよね」と返ってきた。

「全国を見渡しても、あれだけの素材はなかなかいないでしょう。あの体と強さがあって、柔らかさがある。足が地面に着くまであれだけ上半身が残るピッチャーはいませんよ」

 宇田川の肉体は大きく、強いだけでなく、柔らかい。腕がしなって見える投手は多いが、宇田川の場合は胸からしなって見える。この柔らかさがあるからこそ、ハマったときはとてつもないボールを投げられる反面、この柔らかさを自分で制御する難しさもある。宇田川はこうも語っていた。

「『腕が遅れて出てくる』とはよく言われます。いいボールがいく時は、腕を振っていてリリース直前くらいにわかるんです。最近はそれがなかったんですけど、やっと感覚が戻ってきました」

 宇田川は日本人の父とフィリピン人の母を持ち、四男一女の三男坊。陽気な性格の母に対して、宇田川本人は「あまり人と話すほうじゃない」と苦笑する。

「ハーフだからといって嫌な思いをしたことはないですし、たぶん150キロを超えるボールが投げられるのも、そういうの(ルーツ)が関係していると思うので、自分にとってはいいことだと思っています」

 名門相手の快投で株を上げたとはいえ、勝負はこれから。仙台大が所属する仙台六大学リーグには、全国大会常連の東北福祉大という強大なライバルがそびえる。宇田川に東北福祉大への勝算を聞くと、こんな答えが返ってきた。

「仙台大が福祉に負けるのは、だいたいピッチャーが打たれる時。勝つ時は接戦で勝つイメージなので、自分たちが崩れずに投げきれば勝てると思います」

 いまだ全国大会を知らない怪腕がその舞台に立った時、もはやドラフト1位でなければ獲れない存在になっているはずだ。

著者:菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro