「パリ・サンジェルマン(PSG)が約30億円で久保建英に獲得オファー!」

 現在レアル・マドリードからマジョルカにローン移籍中の久保の移籍話を日本の複数メディアが一斉に報じたのは、ゴールデンウィーク真っ只中のこと。そのニュースの出どころは、いずれもスペインの某インターネットメディアだった。


久保建英は今年の6月4日で19歳になる

 PSGが久保の獲得を熱望するといった類(たぐい)のニュースが報じられるのは、今回が初めてのことではない。だが、コロナ禍に揺れるヨーロッパサッカー界の現状を考えれば、その信憑性は限りなく低いと見るのが妥当だろう。

 ましてや現在、フランスサッカー界は今季のリーグ戦が打ちきりとなったことで、各クラブは財政危機を乗り越えることが喫緊の課題。金満クラブのPSGにしても今季の大幅減収は必至で、まだ来季に向けた算盤を弾くに至っていないのが実情だ。

 実際、スペインで報じられたその小さなニュースに追随したフランスメディアは存在しなかった。そのことを見ても、現実味の薄い話と言わざるを得ない。


 しかし、その可能性は別として、久保とPSGの相性について考察する意味はあるかもしれない。少なくとも「久保がパリSGに移籍したら……」というシミュレーションは、今後の久保の進路を予測するうえで、何かしらのヒントになるはずだ。

 まず、今季のマジョルカとPSGの基本システムを比較して、久保がPSGのサッカーにフィットする可能性を探ってみる。

 ビセンテ・モレーノ監督率いる今季のマジョルカは、4−2−3−1をベースにチームを構築。しかし、思うような結果を残せないでいると、シーズンの中盤から4−3−3、4−4−2、あるいは3−5−2を併用しながら建て直しを図っていた。

 そのなかで久保に与えられたポジションは、右ウイングの位置。時に左サイドやトップ下でプレーすることもあったが、右サイドから中央へカットインするプレーを得意とする久保を、基本的に指揮官は右サイドに配置することを好んだ。

 ただし、久保が一度失いかけていたスタメンの座を取り戻す過程で見え始めた変化として挙げられるのは、中央や左サイドへの流動的な動きだった。試合を重ねるごとにクチョ・エルナンデスとの連係が増えたことで流動性が高まり、お互いがより持ち味を発揮しやすい環境ができあがった印象だ。


 一方のPSGは今季、戦術家のトーマス・トゥヘル監督が珍しく4−3−3のみでチーム作りを進めた。そして故障者が復帰した12月に入ってから、ネイマール、アンヘル・ディ・マリア、マウロ・イカルディ、キリアン・エムバペの「ファンタスティック4」を同時に起用する4−4−2にシフトチェンジ。本格的にチーム戦術の構築をスタートさせた。

 そこに久保が加わったとすると、有力視されるポジションは中盤の右サイド。主にディ・マリアがプレーするポジションであり、バックアップにはユーティリティプレーヤーとして重宝されるパブロ・サラビア、あるいはアンデル・エレーラも控える超激戦区になる。

 経験豊富な彼ら3人と18歳の久保を単純に比較しても意味はないが、しかしPSGの攻撃も流動性という点においては共通している。それだけに、伸び盛りの久保にとっては守備機会が多いマジョルカよりもプレーしやすい環境と言うことはできる。

 とくに、フランスでは突出した戦力を誇るPSGの場合、国内の試合ではほとんどの時間を攻撃局面に費やす傾向がある。右サイドアタッカーにも高い守備力が問われるマジョルカよりも、自身の武器を発揮しやすいはずだ。


 とはいえ、懸念もある。それは、リーグ・アンはヨーロッパでも屈指のフィジカルバトルが特徴のリーグであるという点だ。

 しかも、チーム戦術よりも個人の能力を最大限に生かすことを優先するサッカーが主流なので、たとえば久保が得意とするドリブルを止めるために、相手はイエローカードも辞さないハードなタックルで潰しにかかってくる。

 PSG加入後のネイマールがリーグ・アン独特の「デュエル」に悩まされ、バルセロナ時代よりもケガが増えてしまった理由はそこにある。久保にとっても、おそらくそれが最初のハードルになるだろう。

 もっとも、ル・マン時代の松井大輔の成功例を見た場合、突出したテクニックとセンスを兼ね備える久保がそのハードルを乗り越えられないとは思えない。それなりのフィジカルを身につければ、日本人にありがちなアフリカ諸国の選手に対するコンプレックスを取り除くことにもつながるはずだ。

 それは、今後のキャリアを考えてもメリットになる。


 そう考えると、久保がPSGに移籍する時の最大の懸念材料はやはり、伸び盛りの10代後半の時期に「プレー機会を失う可能性が高い」という点だろう。

 キングスレイ・コマン(バイエルン/23歳)、ジャン=ケビン・オーギュスタン(リーズ/22歳)、ティモシー・ウェア(リール/20歳)、ジョナタン・イコネ(リール/22歳)、クリストファー・エンクンク(ライプツィヒ/22歳)……。

 ざっと挙げただけでも、厚い選手層を前にパリを離れた才能豊かな若きタレントはこれだけいる。

 今季もタンギ・クアシ(17歳)、アディル・アウシシュ(17歳)、ロイク・ムベ・ソウ(18歳)など10代のタレントがトップチームの試合に出場した。だが、いずれもレギュラー獲得までの道のりは長く、いずれは他クラブへ完全移籍する可能性も囁かれるほどだ。

 彼らはPSGの育成出身ゆえに新天地への道は開かれているが、獲得に多額の移籍金を伴う久保の場合は同じようにはいかない。仮にパリ行きを決断する時は、その後に新たな移籍先を探すのが困難になる可能性を考慮する必要もあるだろう。


 いずれにしても、久保にとってはこれから2、3年が将来を決定づける大切な時期にあたるため、なによりも重視したいのはプレー機会だ。そういう意味では、慣れ親しんだスペインを離れてPSGに移籍するリスクは、予想以上に高いと言えるだろう。

著者:中山淳●取材・文 text by Nakayama Atsushi