日本プロ野球名シーン
「忘れられないあの投球」
第8回 ソフトバンク・高橋礼
日本シリーズ第2戦(2019年)

 私が「アンダーハンド」投手に思い入れが強いのは、高校3年間ずっとバッテリーを組んでいたのがアンダーハンドの投手だったからだ。

 アンダーハンドは「サブマリン」とも称される。つまり潜水艦のように低く潜り、そこから浮上しながら投げるためだ。投げる位置が低ければ低いほど希少であり、そこがアンダーハンドの”値打ち”になってくる。


日本シリーズ初登板ながら巨人打線を7回1安打無失点に抑えた高橋礼

 これまで通算284勝の山田久志(元阪急)をはじめ、人数こそ多くないが優秀なアンダーハンド投手がいた。平成以降は、渡辺俊介(元ロッテなど)や牧田和久(楽天)が国際大会で結果を残すなど、存在感を示した。

 そして彼らの系譜に連なる”本物のアンダーハンド”がプロ野球界に現れた。ソフトバンクの高橋礼だ。

 身長188センチ、体重85キロ。ただでさえボディーバランスを保つのが難しいアンダーハンドで、これだけのサイズを有するのはそれだけで並大抵のことではない。長いプロ野球の歴史を振り返っても、これほど大きなアンダーハンド投手は記憶にない。

 1年目こそ12試合に登板して0勝1敗だった高橋だが、2年目の昨年はローテーション投手として23試合に先発。12勝6敗、防御率3.34の成績を残し、パ・リーグの新人王に輝いた。

 そんな高橋のピッチングで強烈な印象として残っているのが、昨年の巨人との日本シリーズ第2戦だ。

 先発した高橋は5回までひとりの走者も出さない完璧なピッチングを披露。結局7回を投げて、岡本和真に許した1安打だけに抑え無失点。日本シリーズ初先発、初勝利の快投を見せた。

 長い手足を思う存分しならせ、見るからに気持ちよさそうに投げていた。高橋にとってこの日最大のピンチは7回。一死から坂本勇人に四球を許し、二死後、4番・岡本にレフト前に運ばれ二死一、三塁。ここで阿部慎之助が打席に入る。

 スコアは0対0。しかも阿部はシーズン限りでの引退が決まっており、一打出れば試合の流れどころか、シリーズの行方も左右しかねない。このプレッシャーのなかで高橋がどんなピッチングをするのか注目していた。

 まず初球、捕手の甲斐拓也は中腰に構えて”インハイ”を要求する。狙いは、阿部にインコースを意識させることだ。手を出してくれて、ファウルなら大儲け。しかし、ちょっとでも甘くなれば一発の恐れもある。疲れているはずの7回で、打者は百戦錬磨の阿部。しかも一、三塁に走者を背負っている。高橋にとっては、かなり難しい注文だったはずだ。

 地面すれすれから放たれたボールは、グイッとホップして阿部の胸元を突いた。その球を阿部は渾身のフルスイングで豪快に振り抜いた。ファウルにはなったが、スイング軌道があと少し高かったら、間違いなくヤフオクドーム(現・ペイペイドーム)のライト上段に突き刺さっていたであろう。それほどタイミングは完璧だった。

 ただ、その阿部のスイング以上にすごかったのが、ホップしながらインコースにねじ込んだ高橋のボールだ。コース、キレとすべてが完璧だった。

 2球目はアウトローにストレートが外れボール。そしてカウント1−1となった3球目。甲斐は初球と同じように中腰で構えて”インハイ”を要求した。ところが、ボールは真ん中に入った。明らかな投げ損じである。

 しかし、阿部の体が一瞬早く開いてしまい、うまくタイミングを合わせることができない。おそらく、阿部のなかに「差し込まれたくない」という意識があったのだろう。そう思わせたのも、初球の”インハイ”が効いていたからだ。初球が見事な伏線となって、阿部ほどの技術を持った打者が不覚にも打ち損じてしまった。打球はボテボテのサードゴロとなり、高橋はこのピンチを切り抜けた。

 アンダーハンド投手は”数字”で打者を圧倒することはできない。その代わり、”体感”で驚かすことはできる。打者にとって下から浮かび上がってくるボールを打つのは至難の業だ。

 事実、高橋が阿部に投じた初球のインハイの球速は135キロ。数字だけを見れば平凡だ。しかし、阿部が放ったファウルは明らかに力負けしたものだった。アンダーハンド投手・高橋礼にしか投げられない”渾身の1球”にプロの凄みを見せつけられた思いがした。

著者:安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko