昨シーズン限りで19年間の現役生活を終え、今シーズンから指導者の道を歩んでいる巨人の阿部慎之助二軍監督。1年間だけではあるが現役時代をともにすごし、ヘッドコーチ、打撃コーチ、バッテリーコーチ(2002年〜03年、06年〜18年)を務める中で、指導者と選手という立場でも同じユニフォームを着てきた村田真一氏の目に、阿部二軍監督はどのように映っているのか伺った。


原辰徳一軍監督との連携で、巨人の強さを支えている阿部慎之助二軍監督

――まずは、村田さんの知っている阿部二軍監督はどんな人でしょうか?

村田真一氏(以下、村田) 陽気な人柄で、フランクな男です。現役時代は、後輩らを連れて自主トレを行なうなど、面倒見がよかったです。外国人選手に対しても、チームに溶け込みやすくなるように食事に連れていったりね。そういった一面は彼の本質のひとつだと思います。

 同時に情熱がある人間ですから、二軍監督には最適だと思います。今シーズンの春季キャンプから、その指導に注目していましたが、選手たちにきつい練習もさせていました。成長過程にある二軍の選手たちは、ある意味で本物のプロ野球選手ではない。一軍でプレーして初めてプロ野球選手だと私は思っています。二軍の選手たち、つまりはダイヤモンドの原石たちは磨かなければ輝かない。妥協していては成長しない。そういう意味でも、厳しい練習を取り入れているのは、いいことだなと思って見ていました。

―― 一軍で本当のプロ野球選手としてプレーしていくためには、二軍での準備が大事ということですね。

村田 野球というスポーツは、心技体が重要です。確かな心があり、卓越した技があって、シーズンを通して戦える体力が必要なわけです。プロ野球は、5試合を戦ってよかった、悪かったという世界ではなく、140試合を戦ってどういう結果を残すかという世界。そういう意味では、体力というのは本当に大切になってきます。

 私は「昭和の香り」という言葉自体は好きではありませんが、厳しい目を持った指導は大切だと思っています。その資質を持った慎之助が春季キャンプで頑張ってやっているなと思ったし、そんな指導を続けてほしいと思っています。

――阿部二軍監督は、もともと指導者としての気質を備えていると言えるでしょうか。

村田 気質はあったと思います。私が現役として一緒にプレーした期間は1年間でしたが、コーチ時代も含めて感じていたのは、とにかく"ガッツがあって熱い男"ということ。勝負事は熱くならないと体が動かないわけですよ。現役時代の慎之助はそうやってきた人間だから、その大切さは身を持ってわかっているだろうし、それを伝える術も長い現役生活の中で自然と養われてきたところはあると思います。

 指導者とは、伝え方、言い回しを考えて、いかに選手たちの能力を上げていくかが大切です。野球選手だけではなく一般的にも言えることだと思いますが、人の心に響く言葉というのがありますよね。人それぞれ性格も違うわけですから、同じ言葉でも伝わり方が違う。だから、人を見ながらどう伝えていくか。いかに情熱を持って伝えていくか。その点が大切だと思います。

――阿部二軍監督はまだ1年目ですが、「伝える」という点はどう見ていらっしゃいますか?

村田 今後は、慎之助自身が伝え方や言い回しの引き出しをさらに多く持ちながら、どういう指導者になり、成功していくのか楽しみです。捕手としても打者としても確かな技術を持った選手だったわけですし、それをいかに選手たちに伝え切ることができるか注目していきたいと思っています。

 頭ごなしに厳しく技術を教えるのではなく、いい練習法や指導法を見つけながら選手とともに成長してほしい。もちろん、そういったことも含めて考えていると思いますけどね。その中で強い巨人軍を作ってほしい。彼ならできると思います。

――現在の巨人には、若手が育ち、確かな成果を出す環境が確立されている印象を持ちます。投手では高卒2年目の戸郷翔征や直江大輔、野手でも育成出身の松原聖弥が一軍で活躍。そういう環境をどのように見ていますか。

村田 二軍で求められるのは育成です。選手個々の能力を育て引き出しながら、二軍では一軍の優勝に貢献できる選手を何人作れるかということが求められる。その中で、原辰徳監督は、状態のいい選手をどんどん起用している。それは二軍との連携がうまくいっている証拠であり、同時に二軍の育成が確かなものになっている表れとも言えると思います。

 私がコーチをしていた高橋由伸監督時代も二軍との連携はしっかりとできていましたし、二軍のいい選手を積極的に起用する環境はありましたが、今はさらに充実してきたと思います。二軍でじっくりと鍛えられた選手が一軍で活躍する環境、一軍の主力選手がケガをしても、若手がチャンスをものにする環境が確立されてきたと思います。

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――そういう環境下での阿部二軍監督の手腕は、今後さらに楽しみですね。

村田 楽しみでしかないですね。2年後、3年後が本当に楽しみ。阿部慎之助という選手は、インコースを打つのが本当にうまかった。そういう中でアウトコースばかりを攻められるんですが、そこでいかに打率を残すかを考え、そのための努力も惜しまなかった。そういう技術も選手に伝え、若い選手たちの技術が上がっていったら、OBの一人としてもうれしいことですよね。

――ちなみに、村田さんが楽しみにしている若手選手はいますか?

村田 今、二軍には山瀬慎之助という捕手がいます。技術的にはまだまだ未熟ですが、数年後にすごい捕手になっている可能性は十分にある素材だと思います。今は打撃面での未熟さが目立ちますが、たとえば二軍で打率3割、ホームラン10本という成績を残すようなバッターになったら、本当に楽しみ。そこは二軍監督の腕の見せどころではないでしょうか。

――阿部二軍監督が求める野球というのも興味深いものがあります。

村田 捕手出身ですから、バッテリーの重要性は身を持って知っていると思います。私がコーチ時代に慎之助に言い続けてきたことは、強い巨人軍というのはいいバッテリーがいて勝つということでした。そういう野球をこれまでの巨人軍はしてきましたし、慎之助自身もよくわかっていると思います。彼が求めていく野球は、そういうものがベースになっていくのではないでしょうか。

 慎之助は捕手の目線を持ち、打つ技術に関しても多くの引き出しを持っている。捕手で一流、打者で一流。そんな数少ない選手だった慎之助が、どういう選手を育て、どういうチームを作っていくのか。どんな選手を起用し、どんな作戦が好きなのか。じっと我慢する監督になるのか、ガンガン動く監督になるのか。多くの観点からも、彼の求めていく野球というのは楽しみですね。

 周りの声に納得したらそれに対応すればいい。納得できなければ信念を持って突き進めばいい。リーダーたる者、そうあるべきだと思います。ただ今は世間の目などは気にせずに自らの信念を大切に持ち続け、自分の思う野球をやってほしい。純粋にそう願っています。

プロフィール
村田真一(むらた・しんいち)
1963年、兵庫県生まれ。捕手として、滝川高校から巨人に1981年のドラフトで5位指名を受けて入団。1994年には、槙原寛己とのバッテリーで完全試合を達成している。引退後は、巨人で1軍ヘッドコーチや打撃コーチなどを歴任。現在は野球解説者として活躍中。

著者:佐々木亨●取材・文 text by Sasaki Toru