いまや吸うものから読むものへ……「空気を読む」に侵略された日常/会社員という生き方(2)

「空気読め読め大合唱」をぶっ壊す

本来、空気は読むものではなく吸うものだ。

いつの間にか空気が「吸うもの」から「読むもの」へ変わってしまっていて驚いている。いつからだろう。記憶を辿ってもちょっとよくわからない。

かつて、空気は「吸う」一択だった。

読むものになってから、読むのが不得手な僕のような人間にとってはやりづらい時代が続いている。


僕の記憶が間違っていなければ、子供の頃、つまり昭和50年代の終わりから昭和60年代にかけての底抜けに明るかった1980年代、「空気読んでよー」というフレーズを耳にした経験はない。まだ子供だったので空気を読まなければならないシチュエーションにならなかったのかもしれないが、空気はまだスーハーするものだったのだ。


さもなければ、家族や友人が空気を読んで僕を空気読みさせる状況下に置かなかったのだろう。嫌味っぽい子供であった。皮肉屋でもあった。両親からは「悪口と皮肉が服を着ている」と褒められて育った。

友達から「空気読んでよー」と求められても「え? 空気って吸うものだよね。キミは空気を読むって言うけど何か書いてあるのかい? 参考にしたいから、目の前にある空気を読んで書いてあることを教えてよ。さあ! さあ! さあ!」くらいのことはナチュラルに言っていただろう。なんてイヤなガキだろう。ボコボコに殴りたい。


面倒くさいガキであった僕が、友達から疎まれ避けられ、ひとり寂しく空気をスーハーしているとき、世間では空気を読むという行為が普及していた可能性はある。

「あいつまだ空気を吸うものだと思っているぜ」と嘲笑されていることすら知らずにひとり寂しくアホ面で空気をスーハーしていたのかと思うと悔しい。

「空気を読む」が僕の日常生活を侵略してから、はや20年以上が経過している。初めて「空気読んでよ」を耳にしたとき、意味がわからず戸惑ってしまった。「空気を読む? なんだそりゃ」というのが第一印象であった。その意味と用法を知ったときは「ずいぶんと使い勝手のよろしいフレーズだ」と思った。

近い日本語は「察する」だろうか。ただし「察する」には、さりげなく雰囲気を感じ取って、相手に悟られぬようにいたしましょうというスマートなニュアンスがあるが、「空気を読む」には「積極的に雰囲気を読んでいるのを態度に示していこうぜー! バッチコーイ!」という意味が含まれているような感じがする。

つまり、雰囲気を察したうえで、察したことを大勢に宣伝して味方につけ、より大きな勢力をつくることで面倒な少数意見者に「うまく立ち回ろうよ」という圧力をかけて、場を収めていくのが「空気を読む」の意味するところである。僕に言わせれば、受け手に「読む」という行動を求めて、相手の主体性を尊重しているように見せかけているのがあざとすぎる。


「空気を読む」は会議やミーティングといった3者以上の関係が存在する場所で耳にすることが多い。たとえば、会議終了時刻間際、会議の参加者一同の頭のなかで

「やっと終わるぞー」「トイレ行きたい」「ランチ何食べようかな」

という解放感からの楽しい気分がぼちぼちふくらみはじめたとき、

「いや、僕はそうは思いませんね」

つって真顔で、反論や対案を出し、終了予定時刻を大幅にオーバーさせてしまうような行為に対して、会議がお開きになったあと、「空気読めよー」と言われる。


あるいは、方針や決定事項がまとまりそうなタイミングで、

「やったー面倒な問題が一応解決したー」「まったく解決になっていないけど、とりあえず終わらせよう。責任取りたくないもん」「何か言って担当させられたくない」

と逃げ切りをはかる気分になりかけているとき、

「こんな中途半端な着地点で話を終えては抜本的な解決にはなりませんよ」

と言い出して、議論をひっくり返したときも、事後、「お前、空気読めよー」と言われる。


議論は白熱したほうがいい。問題は解決したほうがいい。だが、こうしたケースでは白熱した議論や明確な結論は歓迎されない。つまり、空気読めは、有意義な議論や到達しなければならない結論よりも、集団としての秩序を保つことをヨシとする考え方。個人という考え方が希薄な日本社会には、空気読むを受け入れやすい土壌があったのだろう。


最近は、「空気読め読め大合唱」である。だが、ちょっとおかしくないか。その場をうまくやり過ごすのは、精神安定上とても有効であるのは間違いない。

ただ、空気を読むということは、周りの雰囲気に合わせてあえて意見を言わないという、いわば自発的な箝口令(かんこうれい)を自分に対して強いているようなものではないか。空気を読みすぎてばかりいると、自分という存在がなくなってしまう。ご利用には計画性が必要だろう。


もちろん、ある程度、空気を読むことは必要だ。空気を読むことが、自分の意見や考えを通すうえで有効な手段にもなりうる。たとえば会議などで、多少の意見の相違はあるが大筋は同じだから賛成するというケース。

そういった場合は、大多数の意見に合わせ、大勢(たいせい)が決してから自分の意見を主張して汲(く)んでもらったほうが無難である。

多少の意見の相違にフォーカスして「皆さんにとっては小さな違いでも、私にとっては牛肉と豚肉くらいに大きな違いなのだ」とディティールに執着しすぎて、排除されて闇に葬られるよりはずっといい。


その一方で、空気を読むことを悪用する悪い人たちもいる。最近では忖度(そんたく)という言葉がそういう悪い意味合いで使われている。僕も空気を読みすぎて大変な苦労をした。以前勤めていた会社の上層部は部下に空気を読ませて、己の手を汚さずに悪事を働いていた。手を汚していたのは僕たち部下であった。


誰もが嫌われたくない。嫌われたら悲しい。つらい。だが仕事のうえでは嫌われたり憎まれたりするのが必要な局面もある。部下に厳しい評価を下せば、どれだけ相手の気持ちに配慮して「この厳しさは愛情だよ」と発言したところで「チキショー! 絶対許さない!」と憎しみの対象にされる。

たかが仕事で憎まれたくない、嫌われたくない。されど仕事だから、誰かが嫌われなければならない。


嫌われ役を人に振る悪い人たちがいる。リストラを断行しなければ会社は死ぬ。だけど嫌われたくない。憎まれたくない。夜道を安心して歩きたい。聖教新聞のテレビコマーシャルで涙を流したい。そんなごく普通の平和な生活を守りたい上層部は、リストラを決めておきながらリストラ伝達の現場に、僕ら部下を代理者として立たせるのである。

だが上層部の方々も、僕らから、人に嫌われることを極度に恐れている精神的に弱い人物、というレッテルを貼られたくないので、直接的な命令を下さず、悪の空気読みを使うのである。


彼らは空気を読ませようとする。

「リストラの断行が決まった」

「大変ですね」

「大変だ。これから会社全体を精査して、リストラ対象を選定しなければならない」

「誰がやるのですかそんな大役を」

彼らは、社内でも精神的に弱そうな人間の名前を挙げ、虚空を数秒見上げ、それから僕をじっと見つめる。そして独り言のように、「彼はもたないだろうなあ……。何か起こったら責任取れないよなあ……。子供はまだ保育園に入ったくらいか……」とつぶやく。おらおら空気を読む状況だぞと。


良心の呵責に耐えられなかった僕はリストラ役を買って出てしまう。空気を読んだのだ。

そして、それは結果的に大間違いであった。空気をスーハーしてやり過ごせばよかった。リストラ対象となった人からは死ぬまで恨むと脅迫された。上層部からは遅々として計画通りに進まないリストラに対し「進捗はどうなっている! まさか部下から嫌われることにビビってるんじゃねえだろうな!」と不条理な喝を入れられた。

あのとき、空気をスーハーしてやり過ごしていればよかった。後悔とストレスと当時リストラった人たちからの非通知着信が今も僕を苦しめている。


空気を読むことが万事をうまく動かす特効薬ではないということがおわかりいただけただろう。僕は改めて空気を吸うものだと考えるようにした。つまり、その場の雰囲気を読むのではなく、その雰囲気を吸い込むように総括して吐き出すのである。先制スーハーである。

たとえば、何らかの問題に対する対策会議が何の解決も見出していないけれども終わらせたい雰囲気が充満してきたら「皆さんは責任を取りたくない気持ちが強く、何の意味もない結論で終わらせようとしていますけど、ここで踏ん張らないとまた改めて会議をやらなきゃいけなくなりますよ。事態は今よりも悪化しますよ」と吐き出す。

先ほどのリストラ役依頼の局面なら「私に任せたいならはっきりとおっしゃってください。嫌われたくないのはわかります。でも、ご自分の責任からは逃げないでくださいね」となる。


このように空気を読むものから吸うものに変えて吐き出すことによってその場しのぎという悪しき慣習は少なくなるが、これも「空気読めよ」と言われてしまうのが関の山だろう。

それくらい「空気を読む」は今の時代において無双状態なのだ。このまま空気の読み合いが高度に発達したら、剣豪同士が互いの手を読み合って膠着状態になるように、会議が空気の読み合いに終始して、サイレント会議になるのではないだろうか。結果的に無駄な会話をしなくてすむようになるから、まあいいか。


著=フミコフミオ


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