独特な景観をもつ山は名山として多くの人をひきつけます。どうしてこんな形をしているんだろう、この景色はどうやって形作られたんだろうかとあれこれ想像を巡らせるのは楽しいことです。
景観を作る要素を挙げると、岩石の種類や人の営み、そして気象も重要な要素のひとつです。激しい気象現象が、山の表情を変えてしまうことがあるのです。今回は、気象がその山を代表する景観を作った例をいくつか紹介します。

山の景色を変えてしまう台風の影響

奈良県と三重県の県境にある大台ケ原は、標高の高いところまで車道が通じ、登山道もよく整備されているので、登山を始めて間もない人も安心して登れる百名山として人気があります。この大台ケ原を代表する景観の一つが、山頂付近にある立ち枯れ林です。暗い原生林にぽっかりとあいた立ち枯れ林からは伊勢湾を近くに見下ろすことができます。
この立ち枯れ林は、日本各地に甚大な被害をもたらした1959年の伊勢湾台風によって出現したものです。伊勢湾台風の猛烈な風により、大台ケ原山では大量の木がなぎ倒されました。木の減少により地衣類も衰退し、うっそうとしたコケの森は明るい笹原に変わってしまったのです。伊勢湾台風を発端とした大台ケ原の森林の衰退は現在も進行しているとされています。
台風が山の景観を変化させた例はたくさんあります。山梨県と長野県の県境にある甲斐駒ヶ岳の難所「刃渡り」は、伊勢湾台風が襲来したのと同じ年の台風7号による土砂崩れによって姿を現したそうです。


北八ヶ岳の不思議な縞模様

八ヶ岳は広大な山域で、南八ヶ岳は天を突くような勇壮な山容を有しているのに対し、北八ヶ岳は標高のわりに柔和な表情を持っています。この北八ヶ岳の南西側の森林をよく見ると、スプーンでえぐったように狭い一帯だけ木が枯れている部分を見つけることができます。しかも、その枯れた林が縞模様のようになっています。北八ヶ岳のピークのひとつ、縞枯山の名前の由来にもなっている「縞枯れ現象」です。
山腹に刻まれた縞模様は時間の経過とともに山頂に向かってゆっくり山を駆け上がることが観測されています。隣接した木が枯れると地面が乾燥するなどして斜面上方の成木が枯れていく一方で、縞模様の中では若い苗木が成長するためです。縞枯れ現象は大台ケ原の大規模な立ち枯れ林と異なり、森林全体の新陳代謝の役割を担っています。
実に不思議な現象ですが、木が帯状に枯死する最初のきっかけが強風だと考えられています。岩だらけで貧弱な土壌の上に生育した針葉樹が、ある一定の高さになると強風の影響を受けてそろって枯れてしまうというわけです。北八ヶ岳周辺では地形の影響で南西側からの風が卓越しているため、縞枯れ現象は南西斜面に集中しています。

豪雪によって押し下げられた谷川連峰の森林限界

旧国境の山脈として知られる谷川連峰は、現代では都会から近くていい山として高い人気を誇っています。人気の理由はアクセスの良さだけではなく、木の少ない稜線からの展望です。谷川連峰は2000メートル程度の標高しかありませんが、まるで3000メートル級の日本アルプスの高山のような明るい稜線を持っています。本来、東日本の森林限界は標高2500メートル程度だとされていますが、谷川連峰では1500メートルくらいの標高から高い木が少なくなってしまうのです。
低い森林限界の理由として考えられるのが、このエリアが日本屈指の豪雪地帯であることです。毎年冬になると数メートルもの雪が稜線に積もり、山小屋や避難小屋は屋根まですっぽりと埋まり場所がさっぱりわからなくなってしまうほどです。雪崩も頻発し、高い木が生育しにくい厳しい気象環境なのでしょう。
谷川連峰が雪深い理由は日本海にあります。極東アジアの地図を見ると、大陸から日本沿岸までの海の幅が北陸地方付近で最も広いことがわかります。日本海には暖流が流れていますから、その上を吹き抜ける冬の季節風は海から水蒸気の供給を受けることになります。幅が広い分だけ季節風は多くの水蒸気の供給を受けて、陸地に大量の雪を降らせるのです。また、地形の影響で日本海寒帯気団収束帯というものもできやすく、北陸地方は日本屈指の豪雪地帯となっています。

北海道の礼文島も高山植物で有名です。礼文島では、海抜0メートルから高山植物が咲き乱れるといわれています。ただし、礼文島の草原は大量の積雪が原因ではありません。冬季の礼文島では谷川連峰ほどは雪が降りません。また、常に風が強く、雪はそれほど積もらないのです。礼文島の広大な高山植物の花畑は、過去の度重なる山火事によって広大な原生林が失われたことが要因の一つだとされています。似たような景観でも、直接の要因が異なるわけです。