■レジェンドはスコアラー系、近年はビッグマンが多く着用

 背番号15はこれまで7人が欠番になっているが、スーパースターと呼べる選手は限られる。そのなかで最も有名なのは、ボストン・セルティックスの黄金期に主力を務めたトム・ハインソーンだ。1957年の新人王で、オールスターに6度選ばれたフォワードは、引退後の66年に15番で最初の欠番となり、74、76年にはHCとしてチームを優勝に導いている。退任後はセルティックス贔屓の解説者として人気を博し、85歳の今も現役だ。

 そのハインソーンと同時代のオールスター選手ハル・グリアーは、ウィルト・チェンバレンとともに60年代のフィラデルフィア・76ersを牽引。高いシュート力を武器に64年から7年連続で平均20点以上をマークし、引退時には通算出場試合数で史上最多(1122)、通算得点(2万1586)も5位にランクされた。
  そのほかの欠番選手もグリアーのようなスコアラータイプが多い。ヴィニー・ジョンソンは、80年代に一世を風靡したバッドボーイズ時代のデトロイト・ピストンズでシックスマンとして活躍。ベンチから出てきて短時間で2桁得点を稼ぐことから“マイクロウェーブ”(電子レンジ)と呼ばれた。アール・モンローはボルティモア・ブレッツ(現ワシントン・ウィザーズ)時代の10番も欠番だが、その後に移籍したニューヨーク・ニックスでは15番。華のあるプレースタイルでファンを沸かせ、50年代にチームの顔だった名司令塔ディック・マグワイアとともに欠番となった。

 ブラッド・デイビスはダラス・マーベリックス、ラリー・スティールはポートランド・トレイルブレイザーズで欠番。マブズでの出場試合数883はダーク・ノビツキーに抜かれるまで球団記録だったデイビスだが、キャリア平均8.2点、4.9アシストと成績は今ひとつ。71年にデビューし、ブレイザーズ初優勝時のメンバーだったスティールも、74年に初代スティール王になったのが目立つ程度で、大きなインパクトを残したとは言い難い。

 現代の点取り屋ではカーメロ・アンソニーとヴィンス・カーターが筆頭。今季はブレイザーズで00番のカーメロは、シラキュース大からデンバー・ナゲッツ時代まで15番を背負い、11年にニューヨーク・ニックスへ移籍した際も15番を希望した。欠番のモンローも譲っていいと語っていたが、球団側が許可せず7番になった。トロント・ラプターズ時代にリーグ屈指のダンカーとしてファンを魅了したカーターは、フェニックス・サンズとマブズで25番だった以外はずっと15番。今季、史上初の4年代でプレーした選手となったのを最後にNBA生活の幕を下ろした。
  ゴールデンステイト・ウォリアーズ時代のラトレル・スプリーウェルも得点力に定評があったが、頭に血が上りやすく、97年には練習中にPJ・カーリシモHCの首を絞めて1年間の出場停止処分を受けている。また、インディアナ・ペイサーズでプレーしていた04年に観客を巻き込む乱闘事件を引き起こし、残りシーズン(73試合)の出場停止処分を言い渡されたロン・アーテスト(現在の名前はメッタ・サンディフォード・アーテスト)は、シカゴ・ブルズなど3球団で15番を着用。父親がつけていた番号というのが理由だが、実際には51番だったようだ。サクラメント・キングス時代に15番だったデマーカス・カズンズも含め、トラブルメーカーが多い感は否めない。

 近年はカズンズを筆頭に、アル・ホーフォード(アトランタ・ホークス時代)、デリック・フェイバーズ(ユタ・ジャズ時代)、クリント・カペラ(ヒューストン・ロケッツ時代)など、ビッグマンの好選手が多い。現役最高の15番であるニコラ・ヨキッチ(名ゲッツ)もそう。身長213cmのセンターでありながら自由自在にパスを繰り出し、ロングシュートを軽々と沈める規格外のセルビア人にとって、15番はユースチームの頃から親しんできた番号である。13年のドラフト1位でクリーブランド・キャバリアーズ入りし、15番を選んだアンソニー・ベネットもパワーフォワードだったが、こちらは史上有数の「外れドラ1」に終わった。
  ガードでは、ケンバ・ウォーカーがシャーロット・ホーネッツ時代にこの番号で活躍していたが、セルティックスに移った今は8番。ほかに目立った選手もおらず、やはりビッグマンの番号という印象が強くなっている。

 欠番入りしていない有名選手を列挙すると、55年にシラキューズ・ナショナルズ(現シクサーズ)のHCを務め、チームを初優勝に導いたアル・サービが、選手兼HCだった49〜53年に15番。60年代にオールスターに5度出場したトム・ゴーラ。現役時代も好選手だったが、引退後に2度最優秀エグゼクティブ賞を手にしたウェイン・エンブリー。アーニー・ディグレゴリオはバッファロー・ブレーブス(現ロサンゼルス・クリッパーズ)に入団した74年に、アシスト王と新人王の2冠に輝いた。

 近年ではヴィニー・デルネグロ、ヒドゥ・ターコルー、イランの巨人ハメッド・ハッダディなどの名が挙げられる。ジェラルド・ヘンダーソンは父がシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)、同名の息子がボブキャッツ(現ホーネッツ)で着用。アンドリュー・ウィギンズ(ウォリアーズ)の父親ミッチェルや、日系二世のワット・ミサカ(日本名:三阪亙)もこの番号を背負った。

文●出野哲也
※『ダンクシュート』2015年2月号掲載原稿に加筆・修正。

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