日本高校野球連盟はこの熱戦から何を感じただろうか。

 甲子園交流試合の3日目の第1試合。中京大中京対智弁学園の強豪校同士の対戦は、延長10回タイブレークにもつれ込む大熱戦の末に、中京大中京が4対3でサヨナラ勝ちした。

 中京大中京が1回に3点を先行し、智弁学園が4回に3点を返した試合は、手に汗握る好ゲームでどちらに転ぶか分からなかった。その中で、両校のエースが最後まで投げ抜いた。投球数は中京大中京のエース・高橋宏斗が149球、智弁学園の先発・西村王雅は150球だった。

 今年度から導入された規定により球数制限(1週間500球以内)は一応は設けられてはいるものの、この日可能な投球数は高橋が370球、西村は500球だった。実質的にこの日の二人はほぼ際限なく投げられたわけだが、それは果たして正しいことなのか。

 この日の試合がまさにそうだったように、拮抗したゲーム展開になると、投手交代のタイミングは難しい。
  高橋は序盤から150キロ台のストレートを連発。4回に制球難から3点を失ったものの、その後は安定したピッチングを披露していた。分かっていても空振りが取れるストレートに加え、ツーシームやスライダーを投げ分け、まさに超高校級のピッチングだった。終盤は気持ちも入り、付け入る隙はほとんどなかった。

 一方、智弁学園の2年生エース西村も尻上がりに調子を上げ、要所を締めていた。ストレートとスライダー、チェンジアップを投げ分けた巧みな投球。「交代のタイミングは9回表の代打くらい」。智弁学園の指揮官・小坂将商監督がそう語るのも頷ける。

 日本高野連が考えるべきは、勝っても負けても1試合で終わりという今大会のフォーマットでも指揮官がこうした起用を選択したという事実だ。

 この日の起用法について、中京大中京の指揮官・高橋源一郎監督は「今日は決勝戦のつもりだった」と語り、次のように続けた。
 「状況に応じて最善策をと考えていました。昨年秋は県大会、東海大会、神宮大会と無敗でしたので、選手たちはこのまま無敗で終わりたいという目標を立てていました。私もそこを一番重要視して、高橋に『行ってこい!』と背中を押しました。将来のある選手なので、投球数は気になりましたけど、エースがマウンドにいるということがみんなの安心につながります。智弁学園の2年生投手も引いていなかったですし、こういう展開で、お互いに引けない。いろんな考え方がありますけど、今日が最後のゲームですし、投げ切るだけの練習は積んできた。最後は踏ん張ってもらいたいと高橋の背中を押しました」。

 一方、智弁学園の小坂監督は「西村は尻上がりに調子が良くなっていたし、気持ちも入っていた。(県の)独自大会は3年生だけで戦って、試合に負けてから2年生も入れて気持ちを高めてこの試合を迎えていた」と振り返る。

 甲子園という独特の舞台で「一戦必勝」を選択しなければならない空気は、今回のような交流試合も変わらなかったということだ。

 エースの続投を選択した両校の指揮官を批判するつもりはない。甲子園という独特の舞台で熱戦が展開された時、起用の選択肢が恐ろしく狭まってしまうことを周囲が理解するべきなのだ。
  昨年、日本高野連は「投手の健康に関する有識者会議」を設置した。その中で、「1週間500球以内」という規定ができた。そのルール設計をしたことは、より投手の健康面を重視する方向にシフトしたと言っていい。春のセンバツ開催中止を決めた際も、八田英二会長は「これからも選手の健康面をあらゆることの決断のよりどころにしていきたい」と語っていた。つまり、「プレーヤーズ・ファースト」こそ、今の高校野球界が重視する流れなのだ。

 今日の試合展開で投手を交代させることは確かに難しい。一方で、選手の健康面を考えた時にそれが本当に正しい選択なのかかどうか。監督、選手とは違う立場だからこそ、そこに潜む問題を考え直してもらいたい。

 1試合の投球数に際限がなくていいのか。

 高野連が何かを感じていることを期待したい。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園という病』(新潮社)、『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋社)では監修を務めた。

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