【テレビの開拓者たち / 矢延隆生】「お台場みんなの夢大陸」団長が明かす 明石家さんまとの不思議な因縁

【テレビの開拓者たち / 矢延隆生】「お台場みんなの夢大陸」団長が明かす 明石家さんまとの不思議な因縁

「プロ野球ニュース」(1976〜2001年)や「すぽると!」(2001〜2016年)、競馬番組「うまッチ!」(2005〜2006年)など、フジテレビの人気スポーツ番組を多数手掛けてきた矢延隆生氏。いろいろなスポーツを幅広い層に楽しんでもらうために工夫を凝らしてきたという彼が、番組作りで最も大切にしていたこととは? ある時はバーテンダーとして、ある時は歌手(!)として、自ら表舞台に出て番組を盛り上げる彼の、テレビマンとしてのポリシーを語ってもらった。また、意外な接点がある因縁の人物・明石家さんまとの知られざるエピソード、さらに、昨年から引き続き“団長”を務めるフジテレビの夏イベント「お台場みんなの夢大陸2017」の目玉企画も紹介してくれた。

■ 出たがりじゃないんです。「出ろ!」と言われたから仕方なく…(笑)

――矢延さんがテレビマンとして最初に携わった番組は?

「1992年に中途採用でフジテレビに入社して、まずは『プロ野球ニュース』のADからスタートしました。日々、新聞記事を切り抜いたり、進行表のキューシートを書いたりしてましたね。そのころの『プロ野球ニュース』は1時間の生放送で。テレビの世界のことを何も知らなかった自分にとって、生放送の現場は、テレビの仕事を基礎から学ぶ場としては、すごく役に立ったと思います。

他にも、バラエティー番組の収録を見に行って、スタッフがどんなふうに動いてるのかをチェックして参考にしたり、自分なりに努力はしていたんですが、特にいい経験だったなと思うのは、オフシーズン企画の1コーナー。明石家さんまさんと、当時番組のキャスターを務めていた中井美穂アナのコンビで、僕はフロアディレクターを担当することになったんです。ディレクターがノリで『“スポーツバー”のセットにしよう』と言い出したせいで、僕がバーテンダーになって、出演者の方たちにカクテルを作ることになって。デパートでレシピ本を買って、毎週スタジオに来るスポーツ選手にちなんだカクテルを考えてました。武豊騎手がいらしたときは、確か…『ホース』とか何とか、そんな感じの名前のカクテルを作った記憶があります(笑)。ともかく、フロアディレクターのインカムをつけたまま、蝶ネクタイ姿で、みんなにカクテルを振る舞っていたという…いや、別に出たがりっていうわけじゃないんですよ。先輩たちに『出ろ!』って言われたから仕方なく、です(笑)」

――さんまさんと一緒にお仕事される中で、学んだことは?

「さんまさんはご存じのように、生放送でも構わず、自分がしゃべりたいことをずっとしゃべる人で(笑)。当然どんどん時間が押してくるわけですよ。そうすると、用意していたVTRを飛ばして、次に行かないと番組が終わらない。だから、いつも構成がめちゃくちゃになるんです。そんなとき、フロアディレクターやディレクターはどう対応すべきなのか、他のスタッフはどう動くべきなのか。全て限られた時間の中で判断しないといけないので、かなり鍛えられましたね。そして何よりも、さんまさんとお付き合いさせていただく中で、出演者とスタッフとの信頼を築くことの大切さを学んだ気がします。ただ実は、さんまさんとはこのときが初めての出会いではないんですよ」

■ 人生の10年の区切りにはいつもさんまさんがいました

――さんまさんとは以前にも一緒にお仕事をしたことが?

「いえ、僕が高校生だった17歳のときに、今も続いているさんまさんがパーソナリティを務めるラジオ番組“ヤンタン”こと「MBSヤングタウン」(MBSラジオ)の“歌謡選手権”という歌のコーナーに応募して出場したことがありまして。公開録音で出場者が歌声を競っていくんですけど、僕が3週勝ち抜いちゃったんです。そこで、さんまさんにイジってもらったんですよ(笑)。だから、さんまさんとの出会いの場所は、『プロ野球ニュース』じゃなく“ヤンタン”で、それから10年後、27歳のときに『プロ野球ニュース』で“再会”したんです」

――(笑)。そして、およそ四半世紀続いた「プロ野球ニュース」が終わり、その後を受けて始まったのが、新趣向のスポーツニュース番組「すぽると!」。矢延さんも番組の立ち上げに加わったそうですね。

「当時、『プロ野球ニュース』を刷新せよ、という至上命令が下りまして、そこで立ち上がったのが『すぽると!』です。番組名の『すぽると!』は僕が温めていたもので、絶対いつか使おうと思ってたんです。ただ、僕はそれまでずっと『すぽると(sport)』はギリシャ語だと勘違いしていて。アテネオリンピックが次の年にあるから、これは上手く絡めて盛り上げられるぞ、なんて思ってたんですけど、よくよく調べてみたらイタリア語だったという(笑)。

まぁ、そんなふうにタイトルはいい加減なんですが(笑)、僕らはまず、野球だけじゃなく、いろんなスポーツを取り上げる“総合スポーツニュース番組”というコンセプトを掲げました。サッカーもJリーグや日本代表などで人気が出始めていたし、もともとフジテレビは競馬、格闘技、F1と、いろいろなスポーツを他局に先んじて取り上げてきた局ですから。さらに付け加えるなら、フジテレビのスポーツ局全体のプロモーションの拠点になるような番組にしたかったんですね。そうなると、誰に看板になってもらうかが重要になってくる。スポーツ全般に精通していて、オリンピック関連の番組にも出演していたということで、これはもう、明石家さんまさんしかいないだろうと。そこで上司から『矢延が直接お願いするしかない』と指名を受けて、僕が直談判で出演交渉をすることになったわけです。

それで、さんまさんと打ち合わせをすることになったんですけど、ちょうどそのとき、僕は37歳だったので、僕が17歳のときに出演した“ヤンタン”でもらった番組のグッズを持って行って、それを見せながら、『17、27、37歳と、僕の人生の10年の区切りにはさんま師匠の力が絶対必要なんです!』と口説いたんですね。するとさんまさんは、『分かった。協力するわ』と。その一言で、番組の“工場長”として土曜日のレギュラーを3年間務めていただきました。本当にありがたかったですね。そんなこともあって、さんまさんとは今でもお付き合いが続いています。去年の夏休みも一緒にニューヨークへ行かせていただきました」

――矢延さんがスポーツ番組を作るときに心掛けていることは?

「これもさんまさんから学んだことですが、やっぱりスポーツ選手、アスリートたちにリスペクトがあるかどうか、ですよね。さんまさんは、本当にスポーツが大好きで、何日も連続で朝までスポーツ中継を見ているような人なんですけど、全てのアスリートを尊敬しているんですよ。もちろん、面白おかしくイジったりはしますけど、そこには必ず尊敬と愛情がある。僕らの番組に選手をお呼びするときも、『司会がさんまさんだったら出演する』という方はたくさんいらっしゃいますから。これは『(World Baseballエンタテイメント)たまッチ!』(2007年〜)の中居正広さんにも同じことが言えますね。番組の根底に流れているのはリスペクトの精神。出演者だけでなく、われわれ作る側の人間も、そこは絶対に忘れてはいけないと思います」

■ 今のテレビは、もっと遊びがあってもいいのかなと思います

――他に、番組を作る上で工夫している点はありますか?

「バラエティー番組と一緒で、スポーツ番組も、やはり話題作りは大切だと思うんです。スポーツの魅力を伝えることはもちろん大事なんですが、ただ単純に伝えるだけでは、視聴者の方になかなか見てもらえない。『F1グランプリ』(1987〜2011年)を僕が担当したときは、今まで使っていたテーマ曲ではなく、B'zのギタリストの松本孝弘さんにオリジナルの楽曲を作っていただきました。他にも、鈴鹿の日本GPでは、松本さんによる『君が代』の生演奏を企画して。このときは、B'zのファンがたくさん見に来てくれましたし、各メディアもニュースとして取り上げてくれました。こういうふうに、誰もが思いつきそうで実は思いつかない、そんなアイデアが大事なんです。後に競馬番組を担当するときにも同じ意識で取り組みました」

――フジの競馬番組は個性的なものが多かったような気がしますが、矢延さんが手掛けられた中で、特に印象に残っている番組は?

「やはり『うまッチ!』ですね。このタイトルも僕のアイデアなんです。僕のあだ名の『やのべっち』をもじっただけなんですけど、『たまごっち』みたいで響きがかわいいかなと(笑)。これが、後に『たまッチ!』につながるんですよね。いわば、『やのべっち』『うまッチ!』『たまッチ!』の三段活用(笑)。番組のタイトルは分かりやすくて口にしやすいものが、長く愛されるような気がします」

――「うまッチ!」は、MCの若槻千夏さんとアンタッチャブルの3人のコンビネーションも抜群でした。

「視聴者層の拡大を狙ってミニドラマを作ったり、山崎(弘也)に替え歌で競馬の予想をやらせたり、バラエティー色の強い企画もたくさん仕掛けましたね。さんまさんにも、要所要所で出ていただいて。新しいファンが増えるということで、JRAの関係者もみなさん喜んでくれました。ただ、あくまでも競馬番組なので、本職のトラックマンや競馬評論家の井崎脩五郎さん、途中からは元騎手の細江純子さんにも参加していただいて、上手くバランスは取ったつもりです」

――そういえば、矢延さんは番組の企画でCDデビューもされてますよね?

「そんなこともありましたね〜、若槻とアンタッチャブルと一緒に、“やのべ副部長とチナッチャブル”というユニットを作って(笑)。さんまさんには宣伝部長をしてもらいました。僕らが歌番組に出ることで、競馬を見たことがない人たちにも『うまッチ!』に興味を持ってもらおう、ということで、『HEY! HEY! HEY!(MUSIC CHAMP)』(1994〜2012年)をはじめ、歌番組にもいくつか出させていただいて。おかげで、『うまッチ!』の視聴率も上がりました。CD発売イベントを東京競馬場で開催したときは、G1のヴィクトリアマイルカップ当日ということもあって、パドックに6000人が集まってくれて。競馬界のレジェンド・岡部幸雄騎手の引退のときが5000人ですから。すごいですよね(笑)」

――矢延さんは今、情報制作局長を務められているわけですが、最近のテレビ番組を見て思うことはありますか?

「もっと遊びがあってもいいのかな、と。演出の切り口というのは、テロップの入れ方一つにしても、まだまだやり方はいっぱいあるはずなんです。僕がよく言っていたのは、ラーメン屋さんの奥の方にある小さいテレビで見ても内容が分かるような番組を作れ、ということ。視聴者の皆さんは、いろいろなシチュエーションで見ているわけですから、どんな人でも食いついて見てくれるような、何をやっているのかが一目で分かって、なおかつインパクトのある見せ方を考えないと。例えば、スタジオセットの色合いなんかもそうですよね。実際、僕の番組では、かなりド派手な色味のセットだった時期もありましたし(笑)。別に“やのべ副部長”を参考にしろとは言いませんが(笑)、どんどん面白いことを仕掛けていってほしいなと思いますね」

――そして、現在開催中のフジテレビ恒例の夏イベント「お台場みんなの夢大陸2017」では、矢延さんは昨年に引き続き“団長”を務めていらっしゃいます。

「2年連続で団長をやる人なんていないんで、大変というか、おこがましいというか…(笑)。ただ、今年は、社屋がお台場に移転して20周年という区切りの年であり、豪華アーティストが出演する『めざましライブ』も10年目。『みんなの夢大陸』というイベント名は、フジテレビの社員、スタッフ、出演者全員で皆さんを楽しませますよ、という意気込みで付けたんですが、その名に恥じないよう、総力を挙げて皆さんをおもてなししたいと思っています。

『(痛快TV)スカッとジャパン』や『今夜はナゾトレ』といった人気番組の体験型アトラクションはもちろん、『ワンピース』や『ドラゴンボール超』などのアニメ企画も充実しています。そして今年一番の目玉は、長崎のハウステンボスとの同時開催で登場する『お台場ウォーターパークbyハウステンボス』。巨大プールやウォータースライダーは暑い夏にぴったりで、子供だけでなく大人も楽しく涼しく思いっきり遊べるエリアになっています。ぜひ足を運んでください!」

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