<へぇ〜 再発見ちば> つげ義春さん「ねじ式」舞台(鴨川市太海地区)

<へぇ〜 再発見ちば> つげ義春さん「ねじ式」舞台(鴨川市太海地区)

 「まさかこんな所にメメクラゲがいるとは思わなかった」−。波しぶきが上がる海を背に、メメクラゲにかまれた左腕を抱え、「ぼく」が歩く。つげ義春(よしはる)さん(79)の漫画「ねじ式」(一九六八年)の冒頭シーンだ。つげさんの夢を基に描かれた不思議な世界は、鴨川市太海(ふとみ)地区の漁師町が舞台とされている。

 太海地区は伊勢エビの網漁が盛んで、サザエやアワビなども水揚げされる静かな漁師町。外房の海の眺めの美しさが評判となり、一九一三(大正二)年創業の海辺の旅館「江澤館」には多くの画家が滞在し、つげさんも訪れた。

 三代目女将(おかみ)の江澤キヨ子さん(84)は「つげさんは滞在時、体の具合が悪くなって、うちのおじいちゃん(しゅうと)が慌てておぶってお医者さんに連れて行ったそうです」と教えてくれた。

 ねじ式は、「ぼく」がたまたま海辺に泳ぎに来てメメクラゲにかまれ、静脈を切断された左腕を押さえながら、医者を探してさまよう物語。機関車に乗り、民家が並ぶ細い路地を抜けて元の漁村に戻ってくるシーンが衝撃的だ。

 七月中旬、江澤さんの娘で四代目女将の栄子さん(60)と、この場面のモデルとなったであろう場所を訪れた。江澤館から歩くとすぐ、民家の並びがそっくりな場所に出た。住民たちが今も生活道として使う細い路地は、どこまでも続いていきそうな不思議さがある。

 「ここに汽車が出てくるなんて発想はとても思い付かない。面白いわよね」と栄子さん。年代を問わず、ねじ式の文庫本を手にした観光客を今も多く案内する。「昔のこういう宿が良いなあと言われる。大切にしなくては」

 月刊漫画「ガロ」の元編集者で、当時、ねじ式を担当した高野慎三さん(76)=東京都目黒区=は「ねじ式は、つげさんが太海のあの細い路地を面白いと思ったからこそ、描けた話だった」と解説する。

 「描いても良いかな」。ねじ式は、つげさんが高野さんに、初めて持ち掛けた作品だった。「それまでユーモラスな旅行ものを描いていたのに、ねじ式はとても実験的だった。話を聞いた時から、素晴らしい作品になると思った」と振り返る。

 「メメクラゲ」は、実は高野さんが「××クラゲ」を読み違えた誤植だったが、つげさんが「この方が面白い」とそのままになったという。

 作中に太海と分かる地名は出てこないが、高野さんは、つげさんが好んで太海に海水浴に訪れたことを聞いていた。二人で「あの海とひなびた港町。ああ、旅に来たという感じが良いんですよ」と、盛り上がったという。

 三十年前から新作を描いていないが、多くの傑作集が出され、つげさんは今年六月、第四十六回日本漫画家協会賞の大賞を受賞した。

 「職人なんだから、頭に浮かんだものがそのまま描けなければ。僕は天才じゃない、漫画が好きで努力したんです」。つげさんが高野さんに語った言葉だ。

 つげさんが夢に見たシーンに太海の景色が重なった。つげさんが描いた不思議な世界は、今も新たなファンを生み出している。 (柚木まり)

     ◇

 「知る人ぞ知る」千葉県内のスポットを歩き、ゆかり人たちの話を交えながら、それらの魅力を紹介していきます。

<つげ義春(つげ・よしはる)> 1937年、東京生まれ。メッキ工場の見習工などを経て、貸本漫画界に入り、65年、漫画雑誌「ガロ」に作品を発表し始める。「ねじ式」のほか、映画にもなった「無能の人」「ゲンセンカン主人」などで根強い人気を誇る。

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