<ニュース読者発>田端で見た「炎の中の町」 松戸の吉田さん

<ニュース読者発>田端で見た「炎の中の町」 松戸の吉田さん

 戦前・戦中、現在の北区田端に住んでいた吉田成助(しげすけ)さん(84)=千葉県松戸市=が、手作り絵本「炎の中の町−僕と戦争−」を完成させた。子ども時代に見た街の景色や負傷兵、空襲の様子を、さし絵と文章で描いた。吉田さんは「戦争が普通の生活を全部奪うことを伝えたかった」と語る。 (上田融)

 絵本は長女で造形デザイナーの未希子(みきこ)さん(52)が手作業で受注生産、販売する。未希子さんの手作り本製作仲間で、都内の本紙読者の女性(61)から情報提供があった。

 絵本は<戦前の東京は美しく豊かでした。整然とした丸の内・日比谷のオフィス街は外国のよう>という描写で始まる。吉田さんは路面電車で有楽町などに行き、ディズニー映画を楽しんだという。

 だが、滝野川第七小学校(現・北区立田端小学校)二年生だった一九三九年、日中戦争の負傷兵を収容する陸軍病院を慰問し、衝撃を受ける。<両足がない、顔面が欠けるなど無残な兵でいっぱい。戦争はむごたらしい殺し合いと知りました>

 四一年の太平洋戦争開戦後、授業は<手りゅう弾投げや塹壕(ざんごう)造りなど訓練ばかり>に。戦況が悪化した四三年、戦死した山本五十六連合艦隊司令長官の葬儀車を日比谷公園で目撃した。<司令官が前線で亡くなるようではもう日本は後がないと思いました>

 四五年になると空襲が本格化。<日本の戦闘機がB29編隊に突入しますが追いつけません><機銃の薬きょうや砲弾の破片が音を立てわが家の屋根に落ちてきました>と目の当たりにした戦闘のようすを記した。

 二月五日には<風にあおられた焼夷弾(しょういだん)は(自宅)屋根をかすめて裏手に落下、火の手が上がりました。ガソリン臭の中を防空壕(ぼうくうごう)に逃げました>。自宅は焼失を免れたが三月十日の東京大空襲後、防火対策で取り壊された。五月に滋賀県へ疎開、そこで終戦を迎えた。

 大腸がんなどを経験した吉田さんは、生きているうちに戦争の悲惨さを伝える必要を感じているという。今でも自宅上空を飛行機が通ると、高度や角度を考え爆撃コースに入っていないか確かめてしまう。「このくせが直った時、初めて私の戦争が本当に終わると思う」

 絵本は一冊千五百円。問い合わせや注文はEメールで。m.gem.yoshida@gmail.com

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