藤沢市長選は現職と新人二人の計三人が十六日の投開票に向け、主張をぶつけ合う。支持拡大に奔走する三人の横顔を紹介する。 (吉岡潤)

◆加藤なを子(かとう・なをこ)さん(61) 無新 共

 子育て 福祉 暮らし応援

 市議を三期十二年、県議を一期四年務めた。「人が大切にされる政治」を信条に掲げる。「今の市政は市民が大切にされていない。声を聞き、子育て、福祉、暮らしを応援したい」。市民グループに後押しされ、市長選への挑戦を決めた。

 三十年前から藤沢市に住み、三人の娘を育てた。専業主婦から政治に関わるようになったのは、小児医療費の助成対象拡大の活動がきっかけだった。女性団体の一員として市議会に陳情や請願に出掛けた。

 活動を続ける中で信頼を深めた共産党に入り、二〇〇三年の市議選で候補者に推された。夫も「やってみれば」と賛成してくれた。「反対されたら出なかったかも」。初当選した。

 市議時代、子育て支援に注力。かねて目標だった小児医療費無償化の対象年齢は広がった。「みんなで連帯して実現できた意味は大きい。政治は声を上げて変えていくもの。諦めずに粘り強く取り組むことで政治は変えられると実感した」

 小田原市で育ち、高校時代は生物部の部長。「藤沢の豊かな自然を残していきたい」。趣味は歌うこと。「家事をしながらでもカラオケでも」。夏川りみや今井美樹の曲を愛唱する。

◆水戸将史(みと・まさし)さん(57) 無新

 政治経験生かし 恩返し

 昨年八月、いち早く出馬を表明した。「藤沢はいい街なのに、どんどん元気がなくなっていく。自分の政治経験を生かして恩返ししたいと思った」と語る。

 北海道で生まれ、小学校二年から藤沢で育った。大学卒業後、一年半の会社員生活を経て、当時民社党の衆院議員で、演説の名手として知られた故春日一幸さんの秘書になった。「世のため、人のため、自分の力が政治に生かせるのか、試してみたかった」

 一九九五年、三十二歳で県議選に挑んだ。春日さんが亡くなった後、秘書として仕えた元衆院議員の田中慶秋さんの地盤だった横浜市泉区から立ち、三期連続で当選。二〇〇七年から参院議員、一四年から衆院議員を一期ずつ務めた。

 秘書時代、一九九二年に税理士試験に合格。九八年に登録した。「政治と税は密接な関係にある。税の使い道やコスト意識の向上は経験を踏まえて語りたい」

 湘南高校ではサッカー部に在籍し、主に左ウイングでプレー。「相手を抜いてセンタリングを上げるのは楽しかった」と笑う。昨年五月から藤沢市辻堂で「単身赴任」を続けている。横浜市で妻、長女、長男、次女が暮らす。

◆鈴木恒夫(すずき・つねお)さん(70) 無現<2>

 五輪遺産でまちづくり

 先月三日、七十歳を迎えた。「高齢? 全然思っていない」とためらいなく首を振る。高校時代は陸上競技の百十メートル障害で県内ランキング一位。「体を動かすのが好きで、他の人よりは足腰が丈夫なのかなと」

 今年夏の東京五輪。江の島が再びセーリング競技会場となる。前回一九六四年大会のときは中学三年で、市内を巡る聖火リレーの随走者を務めた。「一歩一歩踏み締めながら走った。沿道の声援がすごかった」

 多くの来訪者を迎える五輪は地域力、市民力を向上させてくれると期待する。「たくさんのレガシー(遺産)があり、まちづくりに生かしていけると思う」と大会後を見つめる。

 二期八年の市政運営について「やり残したことはいくつもある」と認める。大規模開発に偏りすぎとの批判には「今は少しアクセルが強いかもしれない。でもいつまでも飛ばすわけではない。身の丈に合った開発を進める」と動じない。

 二十九歳で政治の道に足を踏み入れ、市議を四期務め、県議五期途中で地元市長に。今回が十二度目の選挙戦になる。「選挙はストレスがたまる」と苦笑いしつつ、「藤沢のために人生を完結する」と語る。