日比谷、丸の内、銀座、築地といえば、明治の文明開化以来、日本の中心であり続けてきました。そこをあえて、クラシック音楽の導入という観点で歩いてみる散歩を提案します。グルメ情報も大事です。

 スタートは日比谷公園。日比谷公会堂は昭和四年に開館され、クラシック音楽の殿堂でしたが、明治の終わりに建てられた小音楽堂では軍楽隊の演奏が盛んでした。日比谷通り沿いには、鹿鳴館跡、日生劇場、帝国劇場があります。「今日は帝劇、明日は三越」で知られる大正モダニズムのモボ・モガたちは、松本楼でカレーとコーヒーを楽しみました。

 東京国際フォーラムの「ラ・フォル・ジュルネTOKYO」音楽祭も五月の連休の風物詩となり、銀座通りには、山野楽器やヤマハ銀座店が。王子ホールもリサイタルや室内楽でにぎわっています。

 歌舞伎座は今では歌舞伎の殿堂ですが、大正十四年には「日露交驩交響管絃(かんげん)楽大演奏会」、昭和十五年には「紀元二千六百年奉祝楽曲発表演奏会」がここで開催されました。

 隅田川に向かって歩くと築地。聖路加国際病院のある明石町あたりは、明治初年には築地外国人居留地で、明治学院、立教学院、暁星学園などミッションスクールの発祥の地を示す石碑が随所に立っています。彼らが歌った賛美歌が、学校唱歌の模範となったのです。

 築地魚河岸の辺りには海軍省がありました。明治五年、鉄道開業式典では、陸海軍軍楽隊の合同演奏が花を添えたといいます。 (樋口隆一)

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