街の景色が春めいてきた。今は全くそんなことはないが、かつて私は春がとても苦手だった。十代、二十代の頃の話だけれど、花粉症に悩まされるということを差し引いても、なんだか心がざわつく感じがひと月ほど続くのである。出会いと別れの季節、年度末、年度初めで環境が大きく変わることに、敏感に反応していたということなんだと思う。

 そのざわざわ感はある日突然やってきて、ある日突然うそのように消えていく。それが私の春だった。そういえば、そんな風に感じなくなってきた、もとい、春が苦手だとつぶやかなくなったのはいつからかなと思い返してみたら、どうやら三十代半ばくらいからのようだ。仕事のやり方が自分なりに見えてきて、少しのことには動じなくなってきた、年代なんだなと改めて思ったりする。

 今年は立春を過ぎたあたりから、それが久しぶりに頭をもたげていた。ほかでもない新型コロナウイルスの出現によって周辺が少しずつ少しずつ変わっていったことにある。予測がつかないことを前にして生まれてくるのは、漠然とした不安だ。それが、かつて若かりし頃に感じた漠然とした不安と同じことなんだなと自分で分析してみる。

 二十日から開催予定だった高崎映画祭は今年、授賞式のみ無観客で行い、期間中の映画上映はすべて中止にすると決めた。新型コロナウイルス感染拡大を防止するためである。

 それぞれの結論に至るまでのしばらくは、心が落ち着かずに仕方なかったが、決めて動きだした後の私は、この数年来のいつもの状態にすっかり戻っていた。それは事態の収束を願う、とても前向きな決断だったからなのだと思う。決めてしまえば、未来のために歩みを進めるだけである。

 ということで、この記事が掲載される二十二日は高崎映画祭史上初めてとなる、新しい形の授賞式が開催されることになる。きっと皆さんに伝えたい新しいエピソードが生まれるに違いない。そう思うとワクワクしてくるのである。

 (シネマテークたかさき総支配人)