新婚クライシス 最終回:妻に襲った“婦人科系トラブル”。容赦ない悲劇を乗り越えた、夫婦の絆

新婚クライシス 最終回:妻に襲った“婦人科系トラブル”。容赦ない悲劇を乗り越えた、夫婦の絆

―大好きな吾郎くんが、私と結婚してくれたー

数々の苦難の末に、結婚願望のない男・吾郎との結婚に辿りついた英里。

結婚はゴールでないことなど、百も承知。

しかし、そんな二人を待ち受けていたのは、予想を上回る過酷な現実であった。

愛し合っていたはずの夫婦は、どのようにすれ違い、溝ができてしまったのか。

男女の価値観のズレ、見解の相違、そして、家庭外での誘惑...。

二人は“新婚クライシス”に陥り、別居にまで至った。距離を置いた夫婦は互いに少しずつ思いを改め、仲直りするが、そんな中、英里に異変が...?



「検査の結果ですが......子宮内膜症の疑いがあるのと、卵巣年齢が高めなのが気になりますね」

婦人科の診察室にて、担当の女医が淡々と語る。

「え...?」

友人の萌に言われた通り、英里は軽い気持ちで“ブライダルチェック”という検査を受けた。今日は、その結果を聞きに来ている。

「ご結婚は...されてるんですね。年齢も31歳とお若いので、妊娠をご希望なら早めの計画をお勧めします」

女医は英里の問診票を見ながら、冷静に判断を下す。

「あ、あの......それって、放っておいていいんですか?あと、卵巣年齢って...?」

「子宮内膜症は軽度ですので、今は様子を見ましょう。卵巣年齢は、英里さんの数値ですと、こちら...」

女医は本棚から医学書のようなものを取り出し、ページを開いて見せてくれた。

―...?!

本に記載された表を目にして、英里は一気に血の気が引いた。

英里の卵巣年齢は、40歳を優に超えているという結果だった。


まさかの婦人科系トラブルに焦る英里だが...?

容赦ない、身体的リミット


「卵巣年齢が直接妊娠力に関わるわけではないですが、子宮内膜症の進行の可能性も考えると、やはり妊娠は早めにご検討された方が良いと思います」

女医が何か言うたびに、英里は徐々に手足が冷たくなるのを感じる。

「あの、早めにって...どのくらいの単位のことを言うんですか?例えば、1、2年とか...?」

「......正直申しますと、1日でも早く。排卵や他のホルモン値は安定してますので、ご自身で半年ほどタイミング法を実践してもらって、それで妊娠しなければ、再度病院に来ていただくことをお勧めします」

「そ、そんなに緊急なんですか?私、妊娠できなくなっちゃうんですか?!」

女医のあまりに性急な助言に、英里は思わず前のめりになる。

「できなくなる...とは一概には言えませんが、可能性として。ちなみに、生理痛は重くはないですか?もし仕事のご都合等で難しければ、ピルを服用して排卵と月経を止め、子宮を休めておくのも一つの方法です」

これまで英里は、通常の健康診断で悪い結果が出たこともなく、不健康な生活をしているわけでもなかった。

ただ言われてみれば、最近生理痛が酷くなっている気はした。痛み止めを飲んでも辛いときは生理休暇をとることもあったが、まさか子宮がそんな状態になっているとは、微塵も考えたことはない。

突如突きつけられたこの検査結果に、英里は打ちのめされてしまった。





「私......婦人科系のことは詳しくないけど、それ、吾郎先生の顔色伺ってる場合じゃないんじゃない?」

恵比寿の人気イタリアン『アポンテ』のカウンター席にて“有機レモンのクリームソースパスタ”を満足気に口にしていた咲子は、英里の話を聞くと、真剣な顔で手を止めた。

「これまでの痴話喧嘩とは別次元の話よ。英里が本当に子どもが欲しいなら、もう一度きちんと話し合った方がいい」

「やっぱり、そうかな......」

検査結果を聞いたときはあまり実感が湧かなかったが、英里はその後、インターネットであらゆることを調べてみた。

情報は色々と交錯していたが、やはり一つ言えるのは、こんな結果を抱えながらのんびりと「子どもはいつか」などと考える余裕はないということだ。

それに、子どもが欲しいという意思は明確であるにも関わらず、わざわざピルを飲むなんてことも躊躇われる。

だが、ようやく仲直りした吾郎との関係が再び悪化する可能性を考えると、英里はなかなか夫に相談する気にはなれず、悩みは日に日に深刻化した。

にも関わらず、婦人科系トラブルの一番の大敵は“ストレス”との意見も多く、八方塞がり状態だ。

「...英里と吾郎先生って、つくづく色んな壁にぶち当たるわよね。何ていうか、これも神様の試練と思って、頑張って乗り越えなさいよ。チグハグでお騒がせな二人がここまでやってきたんだから、大丈夫よ...」

―神様の試練、かぁ...。

いつもの如く咲子に背中を押され、英里は吾郎と話す決意を固めた。


吾郎、まさかの早とちり...?!

吾郎の早とちり


「......一体なんだ?この料理は?パーティーでもするのか?」

ジムから帰宅した吾郎は、テーブルに大量に並んだ英里の手料理に目を丸くした。

すき焼き、唐揚げ、さつま芋の炊き込みご飯、菜の花のお浸し、煮卵に茶碗蒸し、それに煮魚まである。

「お、おかえり!吾郎くんの好きなもの作ろうと思ったら、つい作り過ぎちゃって...」



たしかにそれは、吾郎の好物ばかりだった。だが、どう考えても二人で食べきれる量ではない。さらに、しどろもどろに答える英里の様子を見ていると、何となく嫌な予感がした。

おそらく妻は、自分に何かを交渉する気に違いない。

ならば、堂々と受けて立とうではないか。そもそも自分は、弁護士である。

「あの......吾郎くん、ちょっとコレを見て欲しいんだけど...」

食事中、英里はすき焼きの肉を焼く手を止め、吾郎の予想通りに口火を切った。

―キタぞ。

吾郎は背筋を伸ばし、妻の攻撃に備える。そして手渡された1枚の用紙には、見慣れない言葉と数字が並んでいた。

「あ、あのね、まず言っておきたいんだけど......私、冷静に話したいことがあって...」

英里の声は、すでに弱々しく震えている。

「わ、わたし、本当に軽い気持ちで、ちょっとした検査を受けて、あの......」

―検査?

反射的に、背筋にヒヤリとした感覚が走った。検査結果と思しき紙切れを直視できずに顔を上げると、妻は目を真っ赤にして必死に涙を堪えている。

「お、お前...」

英里のただならぬ表情を見たとき、吾郎の頭の中は、大事な妻に深刻な病魔が発見されたという思い込みで完全に占拠された。

どうして自分は、妻に“攻撃される”などと愚かな考えを抱いたのだろう。

「英里を失う」なんてことを少しでも想像するだけで、吾郎は自分でも情けないほど、身体がカタカタと震えるのを止めることができなかった。


二人の“新婚クライシス”に、とうとう終止符が...?!

大切なのは、夫婦同じ方向を見つめること


「......卵巣?子宮内膜症?」

よくよく英里に詳しく話を聞くと、それは吾郎の想像とはかなりズレていた。縁起でもない想像をし、焦り狂った自分が恥ずかしくなる。

妻の説明によると、かくかくしかじか、健康状態には今のところ問題はないが、妊娠はとにかく早いほうがいいとの話であった。

「私もね...こんな検査結果が出るまでは、ここまで真剣に子どものこと考えなかった。でも、やっぱり吾郎くんとの子どもが欲しいの...」

目を潤ませ鼻をすすりながらも、英里はいつものように感情的ではなく、冷静に話そうと努めているのが分かった。



「もしも先延ばしにして妊娠が難しくなったら、私、きっと一生後悔する...。結婚式もハネムーンもなくていい。だから子作りだけ......。ダメ...かな...?」

不思議なことに、抵抗は感じなかった。

それよりも、英里が自分に黙ってそんな検査を受け一人思い悩んでいたのかと思うと、息苦しいような胸の痛みを感じる同時に、どうしようもなく妻が愛しくなった。

「そう...だったのか...」

正直、吾郎は今でも「子どもを作るべき」「子ども=幸せ」という概念には疑問を感じるし、“父親”になりたいとも思わなければ、“父親”となった自分を想像するのも難しい。

自分がこれまで貫いてきた生き方、価値観も、そう簡単に変わるものではないだろう。

だが、ここ数年の英里との時間を思い返せば、自然の流れに身を委ね、リスクなど深いことを考えずに愛した女と冒険に挑むのも、意外に悪くないと感じるようになったのも事実だ。

時にはゴミみたいな理由で衝突するのも、何だかんだで無駄ではない。

こうしてセンシティブな問題を冷静に話し合えるようになったのも、“新婚クライシス”を経て、知らぬ間に夫婦の絆が深まったからだろう。

「...わかった。だが、結婚式は予定通り進めていいんじゃないか?すぐにデキるとも限らんし、英里はドレスが着たいんだろう」

そう答えると、英里は感極まったように吾郎に飛びついてきた。

一体、いつからだっただろうか。

この他人の重みに鬱陶しさでなく、愛情を感じるようになったのは。戸惑いはあるものの、その重みが少し増えるくらい、何てことないような気もした。

夫婦が向き合って問題に対処することはもちろん大事だが、もっと重要なのは、揃って同じ方向を見つめることなのかもしれない。

吾郎は英里を抱きしめながら、そんな風に思った。



結婚生活には“3つの坂”があるという説は有名だ。上り坂、下り坂、そして、“まさか”。

結婚式のスピーチで使い古されたこの言葉を、吾郎はいつも馬鹿馬鹿しいと冷めた気持ちで聞き流していたが、“まさか”自分がそれを実感するとは考えたことはなかった。

信じられないことに、その翌月、英里の妊娠が発覚したのだった。

―Fin



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