京都ちゃん:入籍前、突然呼び出して「墓を守れ」と言い放つ姑に憤りを覚えた日

京都ちゃん:入籍前、突然呼び出して「墓を守れ」と言い放つ姑に憤りを覚えた日

京都に3代以上継続して住まう家の娘だけが名乗ることを許される、“京おんな”の呼称。

葵祭の主役・斎王代をも務めた生粋の京おんな、鶴田凛子(26歳)は、西陣で呉服店を300年以上営む京野家の跡取り息子・京野拓真と現在婚約中。

しかし過干渉の義母にすべてを仕切られる窮屈な縁談に、早くも疑問を感じ始める。

そんな時、憧れの先輩・南條桜子から、自身の婚約破棄とその本音を聞かされ、凛子はあろうことか、共感を覚えるのだった。



嫌な予感


「今日のレッスン、楽しみやねぇ」

平日の午後。

京町家の風情を残す『リストランテ オラエ 祇園』に流れる、穏やかな空気。

幼馴染の西園寺ゆりえが、のんびりと、まるで歌うようにそう言って、凛子に柔らかな笑顔を向けた。

ゆりえが結婚してからはかなり頻度が減ったものの、ふたりは学生時代から様々なお稽古に一緒に通っている。

裏千家家元でのお茶のお稽古、生け花、お料理、テーブルコーディネート…。

そして今日はランチをした後、ゆりえが見つけてきた烏丸にあるお稽古サロンへ、バッグチャームを手作りしに行く予定だ。

「ゆりえが送ってくれたHP見たけど、めっちゃ可愛かったぁ。先生も素敵やったし」

凛子が答えると、ゆりえも嬉しそうに微笑む。

ふたりの間に漂う、清く澄んだ風。和やかで、上質な時間。

それは誰と競う必要もなく、苦労知らずに生きてきた女だけが纏う空気だ。

−私たちは、恵まれている。

疑うことなくずっと、そう思ってきた。

しかし凛子は、このところ少しずつ胸に湧き上がる「?」に、気づかぬわけにいかなかった。

ふいに、テーブルの端に置いたスマホが光るのに気づき、凛子は慌てて席を立つ。

「ゆりえ、ごめん。お義母さんからや」

…嫌な予感がする。

急ぎ足で店の外に出て電話を受けると、義母・京野薫の、圧のある声が響いた。


義母からの急な呼び出し。その、驚愕の用件とは

「凛子さん、今どこにいはる?話したいことあって、これからうちに来て欲しいんやけど」

…義母は、凛子のことをいつでも暇だと思っている。

まあ、確かに間違いではないが、しかしこちらにも都合というものがある。

「今日は…この後約束があって」

弱々しくも抵抗を試みるが、凛子のか細い声に、義母・薫が怯むわけなどないのだった。

「それ、今度にできひんの?私も忙しいし、今日話しときたいんよ」

…凛子はもうそれ以上、反論する気になれなかった。

義母のへそを曲げて関係を悪化させてしまったら、自分の首を絞めることにもなる。

「…わかりました」

早々に諦めはしたものの、納得している訳ではもちろんない。

凛子はただ、人と争うことにあまりに不慣れなのだ。


結局、ゆりえに謝り倒し、レッスンは後日に改めさせてもらった。

行くはずだったサロンの先生にも迷惑をかけたが、直前の日程変更にもかかわらず「またいつでも来てくれはったら」と言ってくれて気持ちが救われた。

そうして泣く泣くゆりえと別れた凛子は、車を走らせ、下鴨にある京野の実家へと急ぐのだった。



義母の用件


「ああ、やっと来た。お友達との食事、随分楽しかったんやねぇ」

義母・京野薫は、凛子の顔を見るなり真顔でそう言った。

「すみません、遅くなって…」

詫びる言葉は当然のように無視され、凛子は促されるまま、客間へと進む義母のあとを追う。


「凛子さんに、色々教えとかなあかんおもて」

雑談をすることも、向かい合って座る凛子の反応を待つこともなく、義母の話は勝手に始まった。

「はい」

…考えてみればこれまで、義母とまともに会話をしたことなどないように思う。

凛子の意見など、まったく求められていない。

だからいつもどおり、思考を停止しておこう。

そんな風に思った矢先…しかし凛子は、義母が放った言葉に耳を疑うのだった。


「まず最初に言っとかなあかんのが、京野家のお墓のこと。京野のお墓は、法然院にあります」

−え、なに?お墓の話…!?

凛子は今日、義母から急に呼び出され、予定を変更してまでここに来た。

結納や結婚式のことで何か急ぎの要件があるのかもしれないと思ったが、義母の口から語られたのはまるで緊急を要しない、お墓の話だったのだ。

「拓真と結婚したら、凛子さんには責任を持って、京野のお墓を守ってもらわんとね」

凛子は、ふらふらと目眩がした。

−私…そもそもまだ正式に籍も入れてないのに。どうして今、お墓の話なんかされなあかんの?

「はぁ…」

どうにか意識を保ち、相槌を打つ。

しかしその後も義母が途切れることなく語り続ける「京野家の掟」は、凛子の耳を右から左へ通り抜けていくのだった。

まるで脳が、理解するのを拒んでいるように。


エスカレートする義母の過干渉。我慢の限界に達した凛子は…

軽く1時間ほど拘束されたのちに、凛子はようやく義母から解放された。

東山の実家へと車を走らせる凛子の胸に、憤りなのか、悔しいのか悲しいのか、なんとも説明のつかない感情が止めようもなく押し寄せてくる。

気を許したら、涙が溢れそうだ。

堪え切れなくなった凛子は側道に折れ、人気のない道の端に車を寄せる。

…我慢の限界だった。

凛子は意を決し、スマホを取り出す。そして、婚約者・拓真の連絡先を呼び出すと、発信ボタンを押した。



事なかれ主義な婚約者


「もしもし?」

電話に応じた拓真の声は、小さくこもっていた。

そういえば、今日はロータリークラブの集まりがあると言っていたことを思い出す。

しかし凛子はもう、そんなことに構っていられる状態ではなかった。

「拓真さん。今、私、お義母さんに実家に呼び出されて。

ゆりえとランチしてたのに、お稽古に行く約束もキャンセルして急いで行ったのに、何の話されたと思う?」

「…なに?どうしたん?落ち着いて」

興奮してまくし立てる凛子に、拓真は明らかに戸惑っている。電話越しにもわかるほど、逃げ腰だ。

「すぐに来てって言われたからよっぽど急ぎの話があるんやとおもたのに…。お墓の話されたんよ?京野のお墓を守る責任がどうとかこうとかって…」

最後の方は、不覚にも涙声になった。

…別に、拓真に何か解決を求めていたわけではない。

ただ、わかって欲しかった。義母の横暴と、それに振り回される凛子の立場を。

しかしそれすらも無理な望みであったことを、凛子はすぐに悟る。

「凛ちゃん、まあ落ち着いて。母さんも凛ちゃんを気に入ってるからこそ、そうやって家に呼ぶんやから。それは良いことやろ?」

−何が、良いことなん?

あまりにも能天気な、拓真の言葉。

義母が自分を気に入っているとは思えないが、もし仮に気に入られているのだとしても、それは凛子が我慢に我慢を重ねているからだ。

そのことに、彼は1ミリも気づいていない。

しかし、それも致し方のないことなのかもしれない。凛子がそうであるように、拓真もまた、争いを避けて生きてきた男なのだから。

「…そうやんね。大丈夫。邪魔してごめんなさい」

「うん。また連絡する」

すべてを諦め告げた言葉に、拓真は心底ホッとした声を出し、そのことがまた凛子の胸を重苦しくした。



「どうしたん?えらい疲れた顔して」

実家に戻った凛子を見るなり、母が心配そうに顔を曇らせた。

昔からそうだ。母に隠し事はできない。

「え?なんもないよ」

慌てて、笑顔を作る。

正真正銘、心身ともに疲れ切っていたが、母に心配をかけたくはなかった。

「そうや、凛ちゃんに懐かしいニュースがあるわ」

何かを思い出したように言った母は、ソファに腰を下ろす凛子を覗き込んで、悪戯っぽく笑った。

「凛ちゃんが大学ん時に仲良うしてた、竜太くん。今日、四条のお店に顔出してくれはったよ」

「え!?」

−東竜太(あずま・りゅうた)。

その名は、凛子の胸に爽やかな風を運んだ。まるで、心を埋め尽くす灰を、吹き飛ばすように。

凛子は同志社女子大時代、親友のゆりえとともに京都大学のテニスサークルに顔を出しており、竜太はそこに所属する京大生だった。

確か理学部で、大学院卒業後は世界に名を馳せるIT企業に就職を決め、上京したらしい、と風の噂で聞いていたが…。

「東京から戻ってるんやって。日曜まで、京都におるらしいわ」

「そうなんや…」

母の手前、何気無い風を装う。

しかし凛子の胸は何かを期待するように、ざわざわとさざめいた。


▶NEXT:3月25日 日曜更新予定
蘇る、甘酸っぱい記憶。竜太との再会はあるのか?



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