東京での“そこそこ”な毎日から抜け出したい…。28歳男の、突然の人事異動で迫られる人生の選択

東京での“そこそこ”な毎日から抜け出したい…。28歳男の、突然の人事異動で迫られる人生の選択

都内でも住みたい街の上位に、常にランクインする恵比寿。

仲間と肩肘張らず楽しめるお店がたくさんあり、便利で、何より賑やかな街である。

ベンチャー系IT企業に勤めるサトシ(28)も、恵比寿に魅了された男の一人。

顔ヨシ・運動神経ヨシ・性格ヨシで、学生時代から人気者だったサトシは、その社交性から遊ぶ仲間には事欠かない。

サトシは、元グラドルの杏奈に心奪われる。しかし杏奈は学生時代は冴えなかったが、現在外銀勤めの龍太とデートを重ねていた。龍太と比較し、自分は結局総合点80点男だと悩むサトシ。

一方の杏奈は龍太と喧嘩をした後、サトシに電話するが話せず、二人はすれ違っていく。

※本日発売の東京カレンダー5月号に、「エビダン!」のスピンオフストーリーを掲載中!​



「え……。異動ですか...?」

突然部長に呼び出された瞬間から、嫌な予感はしていた。しかし、まさかこんな知らせだとは思ってもいなかった。

「以前、お前が担当していたプロジェクトを覚えているか?あの時の成果を買われたってことだよ」

部長からポンっと肩を叩かれるものの、僕はなんと答えればいいのか分からず、下を向いてしまった。

「部署は変わるけれど、すごい片田舎へ行くわけでもないんだし。名古屋だぞ?東京からもまぁまぁ近いし、いいじゃないか」

それは新規プロジェクトの立ち上げで、名古屋に本社がある会社へしばらく出向いてほしい、というオファーだった。

たしかに、東京から名古屋は新幹線で約1時間半の距離である。しかし、環境はガラリと一変するだろう。

「……はい」

そう言うのが、今の僕には精一杯だった。


帰路に立たされた男の選択。自分のやりたい仕事はどこにある?



—杏奈ちゃん、今週末ご飯行けないかな?

名古屋への異動を言い渡され、僕の頭に真っ先に浮かんだのは杏奈の顔だった。杏奈からコールバックがないまま1週間が過ぎていたが、連絡を待っているだけではダメだと、すぐにメッセージを送ったのだ。

もうくだらないプライドとか、龍太のことなんてどうでもいい。

ただただ、杏奈に会いたかった。

今回のことを、彼女は何と言うのだろうか?決して、何かを期待していたわけではない。今は、優しく話を聞いてくれる杏奈が必要だったのだ。

—土曜日はどうでしょう?

杏奈からの返信に、僕は恵比寿で今一番お気に入りのレストランを予約した。



『セルサルサーレ』は去年三宿から恵比寿へ移転した、注目店だ。一度この店へ来て以来すっかりファンになり、杏奈を連れてきたいと思っていたのだ。

「サトシさん。あの時の約束、覚えていてくれたんですか?」

たしか最初に杏奈と出会った時、僕はこの店へ連れて行くと言っていたのだ。しかしそんなことを覚えていたなんて恥ずかしくて言えず、曖昧に笑ってごまかした。

「杏奈ちゃんが、好きそうなお店だったから」

食事が始まり、コースの最初に提供される「天然の真鯛の冷製カッペリーニ」を一口食べた途端、杏奈から感嘆の声が漏れる。



「美味しい・・」

美味しそうに食べる杏奈を見ていると、幸せな気分になる。

この東京で、今まで何十回、何百回と食事会を重ねてきた。僕はそこで何を得て、何を失ってきたのだろうか?

結局、本当に大切なものはまだ掴めておらず、もしかすると何の結果すら残せていないのかもしれない。

杏奈を見て、ふとそんな気持ちが湧き上がる。大切なものをなかなかつかめない焦燥感、いざ名古屋に行くと想像したときの東京への名残惜しさ…。宙ぶらりんの感情が、心の中で次々と渦を巻く。

「杏奈ちゃんって、本当に美味しそうに食べるよね」

恵比寿に住み、僕は楽しく、充実した東京生活を送ってきた。そして今、新たな別の場所へ、次のステージへ行きたいという欲が溢れ出してきていた僕は、内示を受けて混乱していたのだ。

「サトシさん、これ本当に美味しいですね!」
「杏奈ちゃんを、連れて来れて良かったよ」

「フォアグラのブリュレ」や「安納芋のスープ」など、食事が進む度に僕たちはいちいち盛り上がり、感想を言い合い、そして笑いあった。

「そう言えば…今日はどうされたんですか?何か、ありました?」

デザートが運ばれて来たタイミングで、杏奈はそっと聞いてきた。そのさりげない気遣いが、今は嬉しかった。

「実はさ、もしかしたら名古屋へ異動になるかもしれなくて...。この街を離れるのも嫌なんだけど、ちょうど会社辞めて独立しようと思っていたから、ちょっと悩んでいて。名古屋への異動は、出世コースに乗るチャンスでもあるから」

杏奈は僕の話をただ黙って頷きながら聞いている。そして不意に顔を上げ、真っ直ぐこちらを見つめてきた。

「サトシさんらしく生きられるのは、どっちなんですか?」


—自分らしく、生きられる道か...


杏奈の発言に、僕は一瞬たじろいでしまった。正直、答えが分からなかったから。


自分らしさって何だろう。悩むエビダンの出した答えとは?

自分らしさって、何なのだろうか?

大人になればなるほど、そんなことを考える機会も時間も減り、ただ日常が過ぎてゆくだけだ。

しかしそんな自分を悟られたくなくて、僕は慌てて真っ直ぐ見つめてくる杏奈から目をそらした。

「何だろう...難しいよね」

僕は今、決断を迫られているのだ。

思い切って新たな世界に飛び込むのか、それともこのまま会社員として這い上がっていくのか。

失敗するのが、怖いわけではない。ただ、未知の世界で自分が通用するのか、自信がないだけなのかもしれない。

特別に秀でた能力もない自分に、何ができるのだろうか?このまま会社員として働いていれば、安定した生活は保証されている。しかし、それに甘んじてしまう自分に嫌気がさしているのもまた、事実だった。

「自分にできることって何なのかな…。もっと、何かできる気がするんだけど」

今の中途半端な自分から、“そこそこ”な毎日から、抜け出したい。

「サトシさんなら、何をしても、どこにいても大丈夫ですよ。だって、今までもずっとサトシさんらしいやり方で、成功してきたんですから」

目の前に座る杏奈の言葉にハッとなった。

僕に向かって言ってくれたのかどうかは分からない。それは杏奈の独り言のようにも聞こえたから。

でも今の僕には、必要な一言だった。



「杏奈ちゃん、何か雰囲気変わった?自然体になったというか...肩の力が抜けた感じがする」

改めて杏奈を見つめ直すと、いつもより、柔らかな雰囲気を醸し出しているように思えたのだ。

以前は、守ってあげたいと思わせる少し危うげな子だったけれど、今日の杏奈はいつもより大人びた、余裕のあるオーラを醸し出していた。

「…また食事に誘ってもいいかな?恵比寿には、杏奈ちゃんを連れて行きたい美味しいお店が、まだまだたくさんあるから」

「もちろん!楽しみにしていますね」

本当はこのままにでも連れ去りたい気分だったが、今日は解散することにした。会えただけでも十分嬉しいし、杏奈に会って何か答えが見えた気がしたから。

「ありがとう。またすぐにね!」

そう言って店を出た僕たちは、手を振って別れた。

期待の意味を込めて、数歩歩いてから今一度振り返ってみる。杏奈も振り返ってくれればいいなと思いながら。

しかし杏奈は、携帯の画面を見つめながら恵比寿西の交差点で立ちつくしていた。


—この前はごめん。ちゃんと会って話せないかな?


この時、龍太が杏奈にそんなLINEを送っているなんて、僕は全く知らなかった。

▶NEXT:3月27日火曜更新予定
ようやく動き始めたサトシと杏奈。しかし龍太も黙ってはいなかった...

▶「東京カレンダー」本誌5月号で、「エビダン」のスピンオフストーリーを掲載中
2人の間で揺れ動く杏奈の本心が、ついに誌面で明かされる…!


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