「好感度」は魔物である。「好感度」に囚われ、自分を見失い始めた人気アナウンサーの苦悩

「好感度」は魔物である。「好感度」に囚われ、自分を見失い始めた人気アナウンサーの苦悩

誰もがインターネットやSNSで監視され、さらされてしまうこの時代。

特に有名人たちは、憧れの眼差しで注目される代わりに、些細な失敗でバッシングされ、その立場をほんの一瞬で失うこともある。

世間から「パーフェクトカップル」と呼ばれる隼人と怜子は、一挙一動が話題になり「理想の夫婦」ランキングの常連として幸せに暮らしていた。

だが結婚6年目、人気アナウンサーの夫が女の子と週刊誌に撮られてしまう。その代償として2週間の謹慎処分を受けた夫に、近づいてきた人物が、ある提案を…。

「世間の目」に囚われ、「理想の夫婦」を演じ続ける「偽りのパーフェクトカップル」の行く末とは?



「堀河さん。あなたと、あなたの会社のトップシークレットを、こんなに早く僕が知っているということが、どういうことか分かりますか?」

そう言ったのは香川東吾。日本有数の芸能プロダクションの敏腕マネージャーであり、その会社の幹部でもある。

本来ならとっくに現場から離れるポジションにいるのに、今でも俳優やタレントたちの撮影に付き添う。そして彼が担当した芸能人たちは、必ず売れていく。

まだ40歳を少し過ぎたばかりの彼は、日本の芸能界を牛耳るドンと呼ばれる人たちに比べ、はるかに若いが、そのドンたちさえも彼には一目置いているらしく、事務所を超えた協力者が多いと聞く。

―怖いな。

恐怖を感じたことを気付かれぬよう、僕は笑顔を作り、彼の質問に答える。

「正直、全くわかりません。」

僕の言葉に、彼は「では説明しましょう。でもその前に注文を」と言って店員を呼び、同じシャンパーニュをもう1本注文した。

ジャックセロス。安くとも1本5万円は超えてしまう、高級シャンパン。僕の大好きな酒だが、それを彼がなぜ知っているのかも謎だ。

女性アナウンサーならともかく、男性アナウンサーがシャンパン好きであることなど、あまり世間の受けがよくなさそうで、僕はどこにもその趣味を公表していなかった。

―この人の情報網はどうなってるのか。

人間を「商品」として見る、凄腕の「人を見るプロ」である彼の眼差しは、体のどこまでも入り込んでくるようで、内臓の奥まで見られている気になる。

それは決して居心地の良いものではない。しかし彼はそんな僕の気持ちさえも、見透かしたように笑って言った。

「僕は今のところ、堀河さんの敵というわけではありませんから、怖がらないでください。だからと言って、安心もして欲しくないんですけれど。」

―怖がるな、安心もするな。

矛盾したその2つの言葉を一気に並べた真意が分からず僕は、切れ長の目を細めて微笑む彼を見つめたまま、返事もできずにいた。


信じていた会社に裏切られる!?敏腕マネージャーが掴んだ情報とは?

「あとはこちらでやるから。」

香川さんは、新しいボトルを持ってきた店員にそう言って部屋から出て行かせると、僕のグラスにシャンパンを注ぎながら喋り始めた。

「テレビ局というものは芸能界と深く関わりながら、マネージメントにおいては素人の集まりです。アナウンサーのスキャンダルがどんどん露出するのがその証拠でもありますよね。ありえないほど無防備だ。」



喋りながらも、まるでプロのサービスマンのように無駄のない所作。

僕のグラスにシャンパンを注ぎ終わると、今度は自分のグラスに注いでいく。

「アナウンサーは、タレントと同じように日々パパラッチに狙われながら、誰も守ってくれる人がいない。あなた達は、制作現場のスタッフと変わらない、一社員に過ぎないと言われながら働いている。ですよね?」

その通りだ。

僕たちアナウンサーは、どんなに露出が増えても、基本的に1人で行動する。タレントのように事務所が送り迎えしてくれるわけではないし、出勤も公共の交通機関を使う。

最近深夜番組のMCとして人気が出始めた後輩の女性アナウンサーは、この前電車で男子高校生にもみくちゃにされ、半泣きで出勤してきた。

けれど対策として取られたのは「出勤時間を変えること」だけだった。

「なのに、なぜか清廉潔白を求められ、事件が起こった時は、実は普通の芸能人より厳しい処分が下っている。それを私は常々、可愛そうだなあと思ってみていました。」

たしかについ最近も、社内不倫を暴かれたアナウンサーの先輩がひっそりと総務部に飛ばされた。

タレントならば多少スキャンダラスなイメージが付いても、ダークなイメージを生かして復活する、ということもある。けれど、僕たちは1度「イメージダウン」すると「第一線」には戻ってこられなくなるのが現実だ。

その度に、僕たち「アナウンサー」という生き物は、意識しようとしまいと、好感度というものに支配されていることを思い知る。

入社した頃は、世界で活躍できるジャーナリストになりたいと思っていたのに。好感度なんか気にもせずに。

いつから僕は変ってしまったのだろう。

そんなことを考えていると、

「好感度は魔物です。囚われたら最後、自分自身を見失う。」

自分の頭の中をのぞかれたような香川さんの言葉に、ハッとして顔を上げる。

彼はにっこりと笑って続けた。

「正直に申し上げますと、私はそれなりの対価を払って、あなたの局の上層部から確実な情報をもらっています。いつもは1年後に始まるドラマの内容だったり、トップ関連の人事異動の情報だったりするのですが…。」

―情報を買っている、ということか。

僕は上層部の顔を思い浮かべるが、誰がこの人とつながっているのか想像もできない。

「今回はそのルートで、あなたの情報をもらいました。」

そこまで言うと、彼はシャンパンを口に含んだ。

大げさに口の中で転がして味わうと満足そうに頷き、このシャンパンをお好きだとは堀河さんはやっぱり趣味がいい、と今はどうでもいいことを言った。

「…それで?」

僕が苛立ち、先をせかすと彼はグラスを置き、微笑みを絶やさぬまま再び話しだす。

「無傷じゃなくなったあなたに、上層部は失望したようです。」


独立か、落ちぶれるか。人気アナウンサーに迫られる選択。

―僕に失望?

想像もしなかった言葉に、僕は一瞬のどの奥が焼けついたような熱を感じたが、なんとか反論する。

「そもそも誤解なんですよ?すぐに挽回できますし、今日の番組での釈明だって…。」

上手くいったはずだ、そう言おうとした僕の言葉を、彼が右手を挙げて制した。

「残念ですが、今のテレビ局というものは悲しいほど臆病です。少しでも傷がつくと、そのヒビが広がることを極度に恐れて、そのヒビを修理するより、代わりのものに『取り替えよう』とする。」

コンプライアンスとやらに、やたらとうるさくなったせいですかねぇと、わざとなのか随分呑気な口調で言った香川さんに、強い怒りがこみ上げる。

―そんなはずはない。

僕が、誰かと取り替えられる?高視聴率男として何年も貢献してきた僕が、たった1度の失敗だけで誰かにポジションを奪われるはずがない。僕は局の顔だ。他のアナウンサーとは…

「自分は他のアナウンサーとは違う、って思ってました?」

またもや先に口にされ、僕の言葉はのどに詰まったまま行き場を失う。そんな僕の様子を気にするそぶりも見せず、笑顔のまま香川さんが続けた。



「堀河さんの価値は今が最高潮で、これから下がる一方でしょう。断言しますが、これ以上局にいたところで、あなたは誰かと取り替えられる。それが今すぐか、徐々にか、と言う違いだけだ。私にはあなたの時代の終わりが見えています。」

―僕の価値が下がる?

「だから今すぐ退職して、新たな道を歩むべきだ。アナウンサーとして必要とされなくなってからフリーになっても、哀れな末路をたどることは、あなたもご存じでしょう?」

フリーになって仕事を失った先輩たちの顔が浮かんだ。

「僕は、堀河隼人という才能を買っている。今のあなたであれば、僕の力を最大限に使って、今より高い所にお連れできます。ただし、今を逃して、価値が落ちたあなたに投資するつもりはありません。」

できればすぐに返事をいただきたいのですが、と詰め寄る彼の声が、ひどく遠くに聞こえた。


妻の思いに気が付かず「親友同士だった」夫婦の気持ちがずれていく。

怜子:隼人に恋してしまったのかな。


―家族旅行に行かないか?ー

隼人の提案が素直に嬉しかった。社長に休みの調整を頼み、私たちは2泊3日の予定で伊豆に来た。

隼人が選んでくれたのは、『アルカナ イズ』。森に囲まれ、清流のそばに建つオーベルジュ。海や南国のリゾートが苦手な私のためのチョイスなのだろう。

―こういうことは、絶対に間違えないのよね。

隼人は私に「恋した」ことはないのに、誕生日や記念日のプレゼントは、必ず私の欲しいものを探し当てる。

この部屋だって、私の好みそのものだ。



窓を開けると、青々とした空気と春の気配に、私は思わず深呼吸する。ここ数週間、極度の緊張状態にあった気持ちがほぐれていくのがわかる。

「おそとにおふろがあるね!」

テラスに備え付けられた露天風呂にはしゃぐ翔太を見て、嬉しくなる。

「まずは美味いもの食べて、風呂に入って…それからゆっくり話そう。」

いつの間にか傍にいた隼人に肩を抱かれながら言われて、私はなんだか照れくさくなる。

番組で釈明した日、どうしても会食に行かなければならない相手ができた、と連絡してきた隼人が、帰宅したのは深夜1時を回った頃だった。

待っていた私に、彼はごめん、と言った後、1人で考えたい事があると書斎にこもってしまった。それ以来お互い日々の生活に追われ、今日まで話ができなかった。

「私も話したいことがあるの。」

私の言葉に隼人が頷き、私達は久しぶりに微笑みあった。



翔太を寝かしつけた後、テラスに出ると思わず肩が震えた。春の始まりとはいえ、まだ少し肌寒い。

「寒いなら、足湯しながら話す? 足湯じゃなくてもいいけど。」

露天風呂の湯気を指さしながら言った隼人の言葉に、セクシャルなニュアンスが含まれた気がして、私はドキッとする。

私達は翔太が生まれてから、数えるほどしか男女の関係を持っていない。

冗談だよ、と彼が笑ってデッキチェアに座った。

私も笑い返しながら彼の横に座り、ブランケットにくるまったが、落ち着かない胸の動悸に焦ってしまう。

お互いに浴衣。

満月に近い月夜の光に照らされた広いテラスの非日常感に、隠していた感情があふれてくる。この感情の名前を自覚することがずっと怖かったけれど、もうごまかせそうにない。

隼人が、さやかちゃんと撮られたときに感じた「嫉妬」。

―私は…。いつの間にか、隼人に恋してしまった…のかな。

自分の変化に戸惑う。

でもこの思いを今、この雰囲気の中なら素直に隼人に伝えられる気がした。

日常に戻ればきっとまた照れくさくて言えなくなってしまう。それに、彼はどう思っているのかも知りたい。

私が口を開こうとした時、隼人の声が先に聞こえた。

「ある人に、会社を辞めて芸能事務所にこないか、って誘われた

だけど、俺はやめない。今までの努力が、あんなスキャンダルに負けるなんて絶対に嫌なんだ。俺はテレビ局で上り詰めてみせる。価値が下がったなんて言わせない。」

そう言った彼の顔には怒りが見えた。

「だから、今まで以上に怜子の「演技力」が必要になるんだ。」

―演技力、が必要…。

「この前、怜子の完璧な演技を見たときは怖いと思ったけど、俺にもその必要性が分かったよ。今まで断ってきたけど、番組での夫婦の密着取材を、プロデューサーに提案してみる。いいよな?」

今年も「好きなアナウンサー1位」を守る。

そのために「理想の夫」のイメージも死守しないと、と興奮気味に話す隼人から、私はそっと目をそらしたが、彼はそれに気づく様子もなく喋り続けた。

「俺たちの間に恋愛感情が無いから、こんなに何でも話せるのかもな。これからもよろしくな。」

そう言って笑った隼人に、私は何も言えず、なんとか曖昧な微笑みを返す。

沈黙の中、強い風が吹き、木々がザアッと重たい音を立てた。寒くなってきたから続きは部屋で話そう、と隼人が立ち上がり歩き出す。

「そういえば怜子の話って?」

その問いかけを、私はまた、曖昧な笑顔でごまかした。

先に演技しようと言ったのは確かに私だった。けれど…。

私は立ち上がることができず、背もたれに倒れこむ。

見上げた空には、怖いくらいに大きな月が、青く不吉に輝いていた。


▶NEXT:3月25日 日曜更新予定
演技とウソは始めれば加速する…そして怜子の過去の傷が明らかに。


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