住んでいるだけじゃダメなの?麻布十番在住の代理店マンが陥った十番の落とし穴って?

住んでいるだけじゃダメなの?麻布十番在住の代理店マンが陥った十番の落とし穴って?

港区でありながら下町情緒も残しつつ、艷やかな雰囲気もしっかりある。ここ麻布十番には酸いも甘いも経験した大人が集っている。

今回は、そんなこの街を題材に、十番デビューしたての代理店マンと十番に魅せられた経験を持つ美女の恋物語をお届けする。



麻布十番へ引っ越してきた年下の男


淳平君に出会ったのは、ユニマットビルに入る『カラペティバトゥバ!』で開催された食事会の席だった。

「淳平は営業チームの後輩なんだけど、いい奴でさ。お姉様方、可愛がってあげて」

淳平君の会社の先輩であるトオルさんと私の友人が知り合いで、この会が開催されることになったらしい。

汐留にある広告代理店勤めのふたりは、ダークスーツにニュアンスヘアー、袖元から覗く時計はパネライ。

こういった席でもネクタイをビシッとキメていて、いかにも“THE・代理店マン”な雰囲気を醸していた。



トオルさんから紹介された彼は、きっと私より年下だろう。まっすぐ、キラキラした眼差し。でもどこか垢抜けない印象も否めなかった。

「昨年末に、麻布十番へ引っ越したんです! 玲奈さんは、この界隈とか来られますか?」

来るも何も、24歳から27歳まで私は十番に住んでいた。それは思い出すだけでちょっと心がザワつくような、甘酸っぱい思い出が詰まっている3年間だった。

「そうね。最近はちょっと足が遠のいているけど」

最近、十番に来る機会が減っていた。理由は自分でも分からない。でも何故か来る頻度が減っていた。

「麻布十番、めちゃ良い所ですよ! 絶対、玲奈さんも好きになります!」

目の前でいかにここが良い街なのかを一生懸命説明してくれている淳平君。しかし食事が終わり、2軒目へ移動しようとした時に、彼の全てが見えた気がした。

「淳平、お前十番に住んでいるんだよな? この辺りでどっか良い店知らない?」

十番は商店街界隈だけでなく、ちょっとした裏道などにも隠れた名店やオシャレなBarが点在している。

「もちろん! 公園前のあの店とかどうですか?」

トオルさんに促され、意気揚々と淳平君が提案したのは、大手チェーンが母体のレストランバーだった。


伶奈の過去に見る十番の教訓

私と友人は、顔に出てしまっていたのだろう。慌ててトオルさんがフォローに入る。

「お前…。それでも十番在住の人間か? お姉様方を目の前によくそんな店を提案できるな。もういい、俺の知っている店へ行こう」

そう言ってトオルさんが連れて行ってくれたのは二軒目の定番である『月光浴』だった。



その帰り道、タクシーに揺られながら昔住んでいた3年間を思い出していた。

あの時、私は毎晩この界隈で遊んでいた。

十番とは不思議な街で、一度ここに住み、そしてこの縄張りで遊び始めると浮気ができなくなる。他の場所へ出かける欲が失せてしまうのだ。

当時、私には大好きだった15歳も年上の彼がおり、彼がこの街の全て教えてくれた。

私は住所で言うと南麻布一丁目、二の橋を少し奥へ行ったマンションに住んでおり、彼は元麻布だった。

大学を出てから上京し、社会人になって間もない24歳の私にとって、十番という街はとても眩しかった。

憧れの有名レストランや、一本裏道にひっそりと佇むオシャレな店やBarの数々。そんな店には、芸能人が不意に現れたりする。外国の方も多く、ハイソでインターナショナルな雰囲気が漂う。

その一方で、商店街に代表されるような古き良き情景と人情味溢れる一面も持っている。


24歳の玲奈。ちょっと背伸びをした、麻布十番の思い出


そんな東京の憧れを凝縮した部分と、下町情緒を残すこの不思議な街に、私はすぐ惹かれていった。

「玲奈、十番の粋な遊び方を知っているか?」

当時の彼のセリフが、不意に頭をよぎる。

アパレル経営者、東京で成功を収めて十番を愛していた男。彼の行動範囲は、常に十番が中心だった。

週末の夕方は、立ち飲み屋やワインバーで軽く一杯飲んでからディナーへ出かけること。

表通りではなく、一本裏道に十番の真髄があること。ひとつでもいいから、顔馴染みの店を持つこと…。

彼が実践して教えてくれた“十番のイロハ”は、今も私の胸に残っている。

「玲奈の服装、十番らしくないよ」

ある日、彼から指摘されたこの言葉で私はハッと目が覚めたことがあった。六本木から目と鼻の先なのに、この街ではバリバリの戦闘服は浮いてしまう。

ドレスアップすることも良いけれど、自然体でもいいと教えてくれたのは、彼だったのだろうか。それとも、この街だったのだろうか…。


淳平が仕掛けた起死回生の店選びとは?

何度も商店街の石畳にピンヒールが挟まってつまずきながら歩いたことを思い出し、車内で一人微笑んだ。

あの食事会からしばらくたって、私は十番のタワマンで開催されるホームパーティーの手土産を探しに『NISSIN』を訪れた。



ここのワイン売り場は種類が豊富で、且つリーズナブルだからいい。今でも何かあった時は、ここのワイン売り場に来てしまうほど、私の中ではお気に入りのスポットになっている。

――オーストラリアのシャルドネにすべきか、カリフォルニアのカベルネにするべきか…。

真剣にワイン選びで悩んでいたところ、背後からどこかで聞いたような声がした。

「あれ? 玲奈さん?」

振り向くと、あの淳平君が立っている。その雰囲気はどこかサッパリとしており、以前会った時より男らしさが増している気がする。

「淳平君! そっか、この近くに住んでるんだもんね」

「玲奈さんの方こそ、ここでワインを買うなんて案外十番のこと知ってますね」

立ち話もそこそこにワインを持って下の階のレジへ行こうとしたところで、淳平君が急に真面目な顔になった。

「あの…。もし良ければ、今度僕とこの街で食事に行っていただけませんか?」

正直、驚いた。あまりにも突然だったから。でも、一生懸命な淳平君が可愛くて、私は”もちろん“と返事をしてその場を去った。

後日淳平君から送られてきたLINEには、駅近ながらもひっそりとした路地裏にある老舗の焼き鳥店『鳥善 瀬尾』のリンクが貼られていた。



約束の日、『鳥善 瀬尾』に向かうと淳平君は既に席に座っており、笑顔で出迎えてくれた。

初デートで、焼き鳥。

その選択肢が、私には嬉しかった。お互いの距離感がつかみづらい四角いテーブルのフレンチより、カウンター席で並んで食べる焼き鳥の方がずっと魅力的だ。

距離が縮められる気もするし、肩肘張らずに楽しめる感じも、東京で散々デートを繰り返してきた女性からすると心地良かった。

「なんか…淳平君、雰囲気変わった?」


淳平のふとした一言に唖然とする伶奈

自然体が、カッコイイ。粋な男の十番の遊び方


前はどこか必死な感じがして、無理して虚勢を張っている感が否めなかった淳平君。

それなのに、今日はどことなしか男らしく見える。

ニットジャケットの下は白のTシャツというシンプルな装い。それなのに、不意に見せる大人の表情に思わずどきりとする。

「恥ずかしい話ですが、あれから十番を勉強したんです。本当の粋ってなんだろうか、と考えながら」

そう、この間『NISSIN』でも感じたことだが、淳平君はこの街をいつの間にか“麻布十番”ではなく“十番”と呼ぶようになっている。

「近所に、雰囲気の良いバーを見つけたんです。マスターがひとりでやってる店なんですが、そこの常連さんたちがカッコイイ人たちばかりで。少しでもその輪に入りたくて通っているうちに、”十番のイロハ“を教えてくれる人と仲良くなったんですよ」

――十番のイロハ…。

元彼と同じセリフを言う人がいることに驚きながら、ワインを飲みつつ淳平君の横顔を盗み見る。

「その人から、十番の粋な飲み方や遊び方を教えてもらったんです。店はもちろんのこと、立ち居振る舞いとかね。そして“気を抜きすぎず、でも自然体でカッコ良く遊べ”と教わりました」

ふと元彼の言葉を鮮明に思い出した。

――そうだ、十番の粋…。

「肩肘張らずに、地元感覚で遊ぶ。それが十番の粋なんだ」と彼は言っていた。

常連同士で仲良くなる文化のあるこの街では、いかに顔見知りがいるかで遊べる範囲が変わってくる。



一見ただの雑居ビル。その2階に入る看板のない会員制バーに、マスターがひとりでやっている地下の店。

いつ行っても必ず誰かしら知り合いがいる立ち飲み屋に、常連さんの名前を全員覚えている女将が割烹着姿で立っている和食屋さん。

ハレの日に使いたいフレンチに、イタリアン。

この街には店の数だけストーリーがあり、そしてそこに集う人たちにも様々なストーリーがある。

一見閉ざされたコミュニティーで、お洒落な男女が集う街として見えるかもしれない。でも一歩足を踏み入れてみると、人情味があり、東京の中でもここでしか味わえない独特の世界が広がっている。

何よりも暖かくて、優しい街。

それが、麻布十番なのだ。

「玲奈さん、もう一軒行きませんか? とっておきの店を見つけて…。次は玲奈さんと一緒に行きたいなと、ずっと考えていたんです」

その店は、二の橋の近くにある知る人ぞ知る店だった。

「もうすっかり、十番住民だね」

店を出てふと上を見上げると、商店街の先に『六本木ヒルズ』が煌々とそびえ立っている。

「玲奈さんの知らない十番を、見せたいんです。これからも、色々な店へ一緒に行っていただけますか?」

振り向きざまに笑顔で手を差し伸べてきた淳平君の手を、そっと握り返す。

彼となら、また新しい魅力を見つけられる気がする。

懲りずに履いてきたピンヒールが石畳に挟まらないように注意しながら、もう一度、私は彼の大きくて温かい手をぎゅっと握りしめた。



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