異国の地で“禁断の罠”にハマった駐在員の悲劇。夫の女遊びに気が付かないフリをするのが、妻の幸せ?

異国の地で“禁断の罠”にハマった駐在員の悲劇。夫の女遊びに気が付かないフリをするのが、妻の幸せ?

駐妻【ちゅうづま】―海外駐在員の妻。

数多の平凡な妻の中で、一際輝くステータス。それは期間限定のシンデレラタイム。 そして普通の女に与えられた「劇薬」。

共通点はただ一つ、夫について、海外で暮らしていること。

駐妻ワールド。そこは華麗なる世界か、堅牢なる牢獄か。


夫・彬の赴任に伴い、タイ・バンコクに来た里香子。タイ語教室ではマダムたちのマウンティングランチに意気消沈しかけるも、バンコクで働く友人ケイと、同じく駐妻の雪乃に励まされ、なんとか気を取り直す。

しかし会社の奥様会でも違和感を覚え、彬の心ない一言が追い打ちをかけるが、平穏を保ちたい一心で黙殺するのだった。

一方、雪乃は、夫・仁志が隠し口座から多額の現金を引き出していることを知り、愕然とする。そこに「女連れで空港にいた」とケイからの目撃情報が入り―。



「これが仁志さんが連れてた女の素性。仁志さん、アソークの有名なゴーゴーバーに入り浸ってる。特定の女っていうより、何人かのお気に入りのゴーゴー嬢がいて、代わる代わるペイバーしてるみたいね」

ケイが、淡々と報告書を雪乃に渡した。

「ゴーゴーバー?ペイバーって?」

ケイの緊急招集LINEを受けてカフェに来た里香子は、無言で報告書を読む雪乃を横目に、ケイにひそひそと尋ねる。

雪乃の夫が女連れで目撃されたのは、1週間前のことだ。なんと、その女というのはタイ人女性であった。

「半裸の女の子がいっぱいいてね、お酒飲んで、気に入ったらペイバー、つまり連れ出せるお店」

「なるほど…」

里香子は一言断ってから、雪乃が放り出した報告書に目を通す。

「ケイ、よくこの短時間で調査の手配できたね。仕事関係でツテがあるとか?」

里香子が何枚かの「証拠」写真を手にして驚いていると、ケイはこともなげに言った。

「ううん、彼に頼んで、日本人駐在員浮気調査に強い事務所あたってもらったのよ」

「彼!?ケイ、そんな人いたの?」

「そう。年下のタイ人。うちの編集部のドライバー。今はその話はいいから、雪乃のこと考えよう」

ータイ人!?年下?ドライバー?

里香子の頭に、ケイの歴代の頭脳派エリート年上彼氏が頭をよぎる。どういった心境の変化なのかを訊きたかったが、今は恋バナをしてる場合ではない。

ぐっと質問を飲み込んで、紙のように白い顔の雪乃のほうを見る。雪乃はやけっぱちな調子でつぶやいた。

「こんなもの、いらないよ。もう本人に聞いちゃったの、昨日。我慢できなくて」


激昂した雪乃の詰問に、夫・仁志の反応は?

「知らぬが仏、でいたかった」駐妻の悲痛な叫び


「ええ!?仁志さんに?何て聞いたの?だって、証拠を押さえてから作戦を練るって雪乃が言ったから、調査頼んだのに…」

ケイが珍しく声を上ずらせて雪乃に詰め寄る。

「あの人、昨日も遅くに帰ってきて。ろくに人の顔も見ないで、週末は接待旅行になったから支度しとけ、って言うから、カッとなって『誰と行くの?』って言っちゃったの」

「そ、それで?仁志さん何て?」

「『やっぱりお前か、俺のこと疑って嗅ぎまわってるだろ、今週ヘンなタイ人がスマホもって俺の周りをうろうろしてたんだ。いい加減にしろよ!』って怒鳴られた」

ータイ人浮気調査員、バレてるし…。

里香子とケイは顔を見合わせて肩を落とす。

「『俺が自分で稼いだ金だ、息抜きくらいさせろ。たいして家事もないのにメイドまでつけて、こんないい生活させてやって何が不満なんだ。嫌なら日本に帰れ。そんな勇気ないくせに』って」

雪乃はよほど悔しかったのか、一言一句すべて記憶しているようだった。

「それで、どうするの?家にいたくないんだったら、うちに来る?ゲストルームあるし。あ、でも彬がいるからケイの家のほうがいいか、男の人とこんな時話したくないよね」

里香子が雪乃の手を握ると、それを境に雪乃の目から涙があふれた。



「どうして気づかせるの…タイで駐在員の女遊びなんてよくあることだし、私さえ知らずにいられればそれでよかった。うすうすわかってたのよ、私にちっとも関心がないし…」

「そんな、それじゃ騙されたままの結婚生活でいいってこと?」

驚いたケイが口を挟む。その言葉に、雪乃は今日初めて勢いよく顔を上げたかと思うと、ケイを正面から見据えた。

「独身で、仕事があるケイに、外国におまけでついてきた妻の気持ちがわかる?夫あっての、生活の全てなのよ。ただでさえ専業主婦は立場が弱いのに、駐在中はなおさら。女遊びくらい、知らぬが仏でよかったのよ」

ケイは、あっけにとられたように雪乃を見つめ、それからばかばかしいという顔でテーブルの上の報告書を一瞥した。

「じゃあこんなもの見なかったことにして、さっさと高級コンドミニアムに戻りなさいよ。執念で手に入れたお気楽で贅沢な駐妻生活、こんなことでフイにできないでしょ」

それは地雷だ。里香子はケイを遮った。

「はい、ここまで。言い過ぎよ」


「駐在員」というステータスは、人を変える?そして異変は、里香子の夫・彬にも!?

夫婦関係に決定的な亀裂を呼ぶ、駐妻の心を射抜く言葉


雪乃をかばったわけではない。むしろ雪乃とケイのどちらの言葉も、里香子の胸に深く突き刺さっていた。それは、里香子が、駐妻と働く女、どっちつかずでいることの証に思える。

雪乃は乱暴にお金をテーブルに置くと、立ち上がってケイを見据えた。

「ご親切な密告電話で、夫婦の秘密は暴かれたわ。あいにく夫は、私のこと駐在目当てで結婚したバカ女って見下してるから話し合いにならないの。

…これ、八つ当たりだってわかってるから!でも今日は帰る、ごめん」

あっけにとられた里香子とケイを残して、雪乃が去っていく。

「…謝りそびれた」

ケイは、バツが悪そうにつぶやく。里香子もうなずいて、それからタイビールをケイのためにオーダーしたのだった。



「ただいま」

里香子が家に戻ると、彬がすでにリビングのソファに座っていた。仕事関連だろうか、資料を読んでいる。



自動車メーカーのエンジニアである彬は、会社や工場にいる時間が長い。イメージしていた駐在生活よりもずっと残業が多かった。

それでも若くして技術部門から駐在に抜擢されたことには、口にしなくても、彬自身やりがいを感じていることは里香子もよくわかっていた。

「おかえり、里香子。連絡しなくてごめん、取引先から直帰できることになって、早く帰ってこられた」

「ううん、良かったね。私こそごめんね、ご飯ちょっと待っててね」

里香子は急いで着替えると、夕飯の支度にとりかかった。

「どこに行ってたの?」

PCを見ながら何気なく訊く彬に、里香子はどこまで話していいものか一瞬悩む。

「…あー、ケイと雪乃とお茶してて。盛り上がって遅くなっちゃった」

おつまみと冷えたビールを出すと、彬は「ありがとう、里香子も一緒に飲んでから夕飯作ったら?」と言って嬉しそうに口をつけた。

「ケイさんと雪乃さん、元気だった?まあでもさ、ラクなのはわかるけど、里香子、もっと新しい人間関係も作らないと。せっかくバンコクにいるんだし」

―…彬が私にそれを言う?

里香子はキッチンから、ソファーに座る彬を見る。

確かに今日は雪乃とケイといたが、それには理由があったのだ。普段は必死で色々な集まりに参加し、嫌な思いをしても前向きに頑張っているのに。

そして東京にいれば、そんな必要もないのに。

しかし里香子は、反発しつつも卑屈になっている自分を自覚する。気を取り直して、夕飯づくりに集中しようとした。

そのとき不意に、彬がグラスをテーブルに置き、一呼吸整える気配があった。

「里香子、俺、正式に技術部のマネージャーになった」

「え!?早くても来年、ていってたよね?」

「うん、こっちにきてから5か月近く、相当頑張ったから、認められたみたいだ」

彬が珍しく、照れくさそうに立ち上がって両手を広げた。里香子もエプロンを外してぎゅっと彬を抱きしめる。

「凄い!これで経営企画会議にも出られるんだよね?」

「うん。開発部門を代表して意見を言えるようになる」

ありがとう、と彬は里香子を抱きしめ、耳元でささやいた。

「自分を認めてもらえて、ステップアップっていいな。俺、里香子以外のひとにこんなに人に頼られて認められるの、初めてかもしれない。もう大丈夫だ」

里香子は彬の言葉に耳を疑った。もう大丈夫、彬は今確かにそう言ったのだ。

―もう私がいなくても大丈夫、ってこと?

里香子は心臓をぎゅっと掴まれたような息苦しさに襲われた。

21歳で彬と出会ってから、2人はずっと「二人三脚」でやってきた。

学生時代、彬はまだ「原石」で、飛びぬけて論理的な思考回路を持ちながら、優しすぎてそれを人に提示することをためらっているようなところがあった。

不思議なことに、里香子には、最初からそれがよくわかった。だからその優れた資質に惜しみなく賛辞を送り、どうしたらうまくそれを活かせるのか一緒に考えた。

そして彬が好きな研究に打ち込む姿勢は、器用貧乏になりがちな里香子の、大いなるお手本でもあった。ずっと2人で足りないところを補いながら、進んできたのだ。

彼は今、恵まれた環境で、さらに大きく羽ばたこうとしている。周囲が、彬の価値に気が付いて、喝采を送っているという。

それは、里香子が彬のためにずっと望んできたことだ。だからこの報告は、自分のこと同然に嬉しいことであった。

でも彬の「もう大丈夫」という一言は、里香子にはじめて2人の間の距離を感じさせたのだ。そして同時に、置いてけぼりにあったような孤独感も。

―じゃあ私は?認めてくれる人なんて誰もいない、ステップアップする手段さえないのに?

うまく息が継げない。里香子はどうにか唇を動かした。

「よかったね、彬…」

「ああ。里香子も、頑張って。東京にいた頃みたいにさ」

気がつくと、里香子は、彬を力いっぱい押しのけていた。


▶NEXT:6月28日 木曜更新予定
彬の言葉に、里香子ついに戦闘モードに!?



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