「年収1,000万の商社マンとは、住む世界が違う」。裕福な経営者妻の、僭越と嫉妬

「年収1,000万の商社マンとは、住む世界が違う」。裕福な経営者妻の、僭越と嫉妬

―あの頃の二人を、君はまだ覚えてる...?

誰もが羨む生活、裕福な恋人。不満なんて何もない。

でもー。

幸せに生きてるはずなのに、私の心の奥には、青春時代を共に過ごした同級生・廉が常に眠っていた。

人ごみに流され、都会に染まりながらも、力強く、そして少し不器用に人生を歩む美貌の女・里奈。

運命の悪戯が、二人の男女の人生を交差させる。これは、女サイドを描いたストーリー。

派手な女子大生生活を送っていた里奈は、総合商社に入社したものの、理不尽な社会人生活に疲弊し、7つ年上の直哉との結婚を決めた。



アントニオリーヴァのウェディングドレス、マノロブラニクのウェディングシューズ、そして、ティファニーの1.6カラットダイヤの婚約指輪。

花嫁になるというのは、やはり女にとって、幼い頃からの憧れである潜在的な夢が叶うのに等しいのだろう。

私はもともと友人の多いタイプではないが、直哉の希望により『ジョエル・ロブション』にてそれなりの規模で行なわれた結婚式は、まさに一生モノの思い出と呼べる感動的な1日になった。

友人の祝福、家族の涙、そして、永遠の愛を誓ってくれた一人の男。

幸せで笑顔が溢れ、嬉しくて涙もたくさん出た。

普段は捻くれ者の私も、この日ばかりは、誰もが口にする“末永い幸せ”を心から信じて疑わなかったと思う。

そしてこのとき、参列者の中に廉は確かにいたはずだった。

なのに、私の記憶の中には不思議なほど彼の姿が残っていないのは何故だろう。

人生最高の日を満喫する私にとって、廉の存在など目に入らなかっただけなのか。あるいは、自ら意識的に彼を視界に入れないようにしていたのだろうか。

いずれにせよ、廉がこの日どんな思いを抱えて同じ場所にいたのか、私は微塵も考えていなかった。


結婚後まもなくして退職を決める里奈。廉の意外な反応に戸惑う…?

結婚後の選択


嫌々と続けていた仕事にも関わらず、結婚後、いざいつでも会社を辞めてもいいという状況になると、私の頭にはいくつかの懸念が浮かんだ。

それなりに苦労して得た商社の総合職を、まるで一般職OLのように“寿退社”として手放すなんて、流石に勿体ないのではないか。仮に仕事を辞めた後、私は果たして専業主婦で満足できるのか。

夫の直哉は決して退職を強制するわけではなかったが、やはり私がなかなか仕事を辞めないことに疑問を感じているようだった。

「リナみたいな子が、わざわざ商社なんかでハードに働く必要ある?専業主婦が暇なら、何かもっと楽で好きな仕事を探せば?どうせ、もう金のために働くわけじゃないんだから」

そんな直哉の提案と漠然とした不安に揺れながら、私はしばらくの間、中途半端にダラダラと会社に通い続けていた。

しかし結局、私は自分でも驚くほど呆気なく会社を辞めることになる。

理由は、半年間のインド研修を打診されたからだ。

就職、結婚、そして退職。

人生で大きな決断をするときはいつでも、自分の意志は薄く、私は周囲の環境に流されてばかりだった。


深い溝


廉とは随分と疎遠になっていたが、会社を辞めると決めたときは、真っ先に彼に知らせた。

と言っても、以前のように気軽にスマホを鳴らすのではなく、何となく会社のメールアドレスに改まった文面を送ったのだけれど。



「じゃあ、壮行会しないとな」

彼は私の退社について特に深掘りするでもなく、ただシンプルにこう返信してきた。

きっとデートや食事会で忙しく、人妻となった腐れ縁の同級生になんて構う暇もなければ、興味もないのだろう。

だが、後日送付された“相沢の壮行会”という題名のメールには、多くの懐かしい同期の名前が羅列しており、場所も普段の飲み会よりずっとオシャレな銀座のレストランが記載されていた。

その丁寧なメールの内容を見て、私はデスクの前でつい吹き出してしまう。

廉は昔から妙にリーダー気質のある男だった。サークルでも会社でも、こうして何かの会の幹事をやらせると、神経質なくらいマメに細かく手配を整えるのだ。

そして私は、廉が自分のためにこんな会を計画してくれたことを素直に嬉しく思い、久しぶりに肩を並べて会話ができることも楽しみにしていた。

しかし、壮行会当日。

廉は1時間以上も遅れて会場にやってきたと思うと、今度は1時間もしないうちにその場を去ってしまった。

「やっぱ、さすが“相沢サン”だよな。まぁ、セレブ妻生活を存分に満喫してくれよな」

やたらと明るく他人行儀な廉の笑顔は、しばらくの間、私の瞼に残って離れなかった。

結局、壮行会で廉と交わしたのはこの一言だけだ。

最後には、“相沢、お疲れさま”というメッセージが書かれたデザートプレートが登場し、花束や色紙なんかも渡されたが、皆の期待に添えるような反応がきちんとできていたか、正直自信がない。

想像以上に深く開いた廉との距離を目の当たりにした私は、自分でも戸惑うほど胸を痛めていた。


専業主婦となった里奈。廉のことなど忘れ、優雅な生活を満喫するが…?

高みの見物


「いってらっしゃい。気をつけてね」

朝8時。夫の直哉を見送ったあとは、長い自由時間が待っている。

専業主婦になることへの不安もあったが、広尾に購入した新居での穏やかな生活に、私はすぐに順応した。

ブランド物の家具や食器を買い揃え、バルコニーではハーブを育てた。家事がひと段落すると、料理やテーブルコーディネート、ワインについて学ぶ教室に日替わりで通う。

そんな優雅な生活に慣れてしまうと、会社勤めをしていた頃には絶対に戻れないと思った。

もちろんその必要もなかったし、会社への未練もない。

これほど裕福な人生を保証してくれる直哉への感謝や愛情は深まったし、世間の女たちが熱心に“婚活”に精を出す理由もよく理解できた。

俗に“永久就職先”“と呼ばれる妻の立場を、私はしみじみと味わっていたのだ。

のんびりとコーヒーを啜っていると、スマホが鳴る。

—今夜は、20時に南麻布の『茶禅華』に集合です。よろしくね。

それは、遊び友達からの食事会の詳細の連絡だった。



実は私は、優雅な専業主婦生活だけでなく、学生時代のような自由で煌びやかな生活も再び手に入れていた。

義父から正式に事業を継いだ直哉は多忙な上に海外出張も多く、まだ27歳になったばかりの私は時間と体力を持て余していたのだ。

遊び仲間を見つけるのは簡単だった。習い事を通して出会った私と同じような立場の妻友もいれば、既婚を気にせず接してくれる男たちや独身の女友だちも健在だ。

そうして結婚後に舞い戻った夜の港区は、独身の頃よりもずっと気楽に余裕を持って楽しめる場所だった。

というのも、わざわざ人妻に手を出すような男は相対的に少ないし、私自身も、恋愛欲や物欲を満たすために足を運んでいるわけではない。

家庭という揺るぎない安定感のある城を構えながら、単なる興味本意で、夜の港区という戦場で皆が各々に戦うのを眺める。

それは、いわば“高みの見物”とでも言える面白味があったのだ。



そして、偶然に廉を見つけてしまったのは、指定された『茶禅華』の2階の個室に向かおうとしたときだった。

—…廉。

何となく目を向けた1階のテーブル席に、女と仲睦まじそうに向かい合う彼の姿があった。

「…おう、久しぶりだな」

私の視線に気づいた廉は、敢えて気まずさを隠すためなのか、自ら私に声をかる。

「久しぶり。元気そうね」

白々しいほど感じよく微笑む私を相手の女は訝しげに見つめていたが、彼女は廉の好きそうな童顔をしていた。

決して高価ではなさそうなパステルカラーのワンピースに、量産型の女特有の濡れたように光る人工的なピンク色の唇。

「デート?いいわね、楽しんでね。じゃあね」

私はわざと左手薬指のエタニティリングが見えるように手を降ってやり、その場を後にする。

—…所詮、年収1,000万程度の“商社マン”の相手って、あのレベルの女よね。

胸の奥にザラリとした痛みが芽生えたような気もしたが、私は意地悪な感情でそれを打ち消し、もう廉とは明らかに住む世界が違うのだと自分に言い聞かせた。

所詮は他人の力でほんの少し贅沢な生活をしているだけなのに、この頃の私は、まだ世間知らずの生意気な小娘のままだった。

多忙で家を留守にしがちな夫が、実際は外で何をしているのかも、全く知らずに。


▶NEXT:7月18日 明日更新予定
里奈の結婚式に参列した廉が感じた特別な思いと、ある決心。



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