“よそ者扱い”されるのが苦痛だった。東京出身のお嬢様が直面した、夫の地方転勤問題

“よそ者扱い”されるのが苦痛だった。東京出身のお嬢様が直面した、夫の地方転勤問題

夫婦とは、不思議なものである。赤の他人同士が一緒になり、そして家族となって家庭を築いていく。

しかし、厚生労働省が発表している人口動態統計調査によると、2017年度で21万2,000組の夫婦が離婚している。

—永遠の愛を誓いますか?

そう誓ったはずなのに、どうして離婚を選んだのか。踏み留まった方が良かったのか、それとも離婚して正解だったのか…。当人たちにしかわからぬ事情。

この連載では、離婚まで至った背景とその原因について探ってみた。

これまでに、嫁の浮気が発覚した太郎や、子供ができずに離婚した正人、 レスだった信弘や年下夫に失敗した真理子に迫った。今週は?



名前:恵那
年齢:29歳
職業:家業の手伝い
年収:400万
結婚歴:2年半
前夫の年齢と職業:証券会社勤務・32歳


「前夫の恭平とは、職場恋愛でした。関西支社から東京本社に来ていた恭平と話が合い、そのまま恋愛に発展。そして結婚したのですが…」

今はもう何も着けられていない左手の薬指を触りながら、恵那はポツリ、ポツリと語り始めた。

恵那の実家は池田山にある。

最寄駅で言うと五反田になるため、東京以外の人には“え、五反田!?”とマイナスな反応をされることが多いが、言わずとしれた都内屈指の超高級住宅地である。

そんな池田山で生まれ育ち、小学校から大学までずっと都内の私立校に通っていた恵那。

いわゆる生粋のお嬢様であるが、育ちの良さゆえか、身につけている物も分かりやすいブランド物などではない。

アクセサリー類も、シンプルに光る一粒ダイヤのネックレスのみ。シンプルだが、上質さがうかがえる。

「前夫との相性が悪かったわけではありません。住んだ場所との相性が、悪かったんです」

うつむきながら話す恵那。

離婚して、半年。恵那は東京に戻ってきた。


愛する夫のためならば、世界中どこでも住めますか?

直面した、地方転居問題


3年間の社内恋愛を経て、26歳の時に結婚した恵那。

結婚当初は幸せ一杯で、恭平と都内で楽しく暮らしていた。そして結婚を機に恵那は仕事を辞め、家に入った。

「そろそろ子供が欲しいねなんて、そんなことを話していた矢先の出来事でした」

幸せ一杯の二人に転機が訪れたのは、結婚して1年が過ぎた頃だった。

恭平が、関西支社へ戻ることになったのだ。

「いつかは来るかなと思っていたのですが…」

恵那はもちろん、着いていくことを決める。しかし、ここに問題があったのだ。

「前夫の恭平は、元々関西の西宮出身でした。中学校から関西学院大学に通っており、向こうに知り合いも多くて…」

夫である恭平にとって、関西に戻ることは地元に戻ること。向こうの両親とも近くなるし、学生時代の友人たちも沢山いる。メリットしかなかった。

しかし一方の恵那にとって、関西はまったく見知らぬ土地。

友達もおらず、知り合いもいない。丸裸で飛び込むのと同じだった。

「最初は、楽しかったんです。見知らぬ土地に、オシャレな神戸での暮らし。街も綺麗だし、旧居留地なんて映画のセットみたいなんです。でも、そう思えたのも最初の3ヵ月だけでした」



受けいれられぬ、よそ者の嫁


「昼間は三ノ宮あたりに出て、街散策。そして夕方になると夜ご飯の支度をして、恭平の帰りを待つ。それでも、良かった」

だが恵那の心の中に、徐々に穴があき始める。

「友達もいないし、遊ぶ相手もいない。恭平の学生時代の友人の集まりに同行させてもらっても、関西弁が話せない私は浮いていました」

東京出身の恵那は、当たり前だが関西弁は話せない。

頑張って会話の輪に入ろうとして関西弁にトライしてみても、“恵那ちゃん、その関西弁変やで!”と言われてしまう。

彼らに悪意は全くない。

だが、関西弁に慣れていない恵那からすると、少しの言い回しでも、言葉がキツく感じてしまうこともあった。

そして恵那にとって一番辛かったのは、地元の人たちの強固なコミュニティーだった。

「恭平の仲間たちは男女で仲が良いのですが、全員学生時代からの友人たちばかり。皆が思い出話で盛り上がっていても入れないし、結局蚊帳の外。私は“東京から来たよそ者”でしかなかったんです」

最初は恭平も周囲も恵那に気を使い、話に入れようとしてくれた。BBQがあれば一緒に参加したし、お花見も恭平の友人カップルと一緒に行った。


しかし、いつまで経っても恵那を“よそ者”扱いしているのは明白だった。


「甲南や関学の話をされても、私にはよく分からなかった」

そうして、神戸の狭いコミュニティー内で徐々に孤立していく恵那。

何度も東京に戻りたいと、一人で涙した。

そんな恵那に更なる追い打ちをかけたのが、前夫・恭平の行動だったのだ。


「恭平が私に課していた、ある禁止事項が離婚の引き金となりました」


離婚に直結したのは浮気以外の、夫のある問題行動。それは一体…?

「恭平は、重度の束縛男だったんです」

自分のいない場所で、恵那が男性と二人きりで会うのはもちろんご法度。

それだけでなく女同士であっても、恭平がいない時に夜ご飯を食べに出かけるのは禁止だったのだ。

「習い事で知り合った人たちと夜ご飯に行くこともできず、誘われても毎回断らなければいけなくて...当然、誘われることすら無くなりました」

日中、憂さ晴らしに思いっきりガールズトークをしたくても、近くに友達がいない。

話し相手は、東京の友達と電話のみ。

家に入って欲しいという恭平たっての希望で仕事もしていなかったため、とにかく毎日暇を持て余した。

そんな生活が1年過ぎた頃、久しぶりに体重計に乗ると、気がつけば体重が5kgも減っていたそうだ。

「その日の夕方、夕飯を作りながら涙が止まらなくなったんです。私は、ここで何をしているのだろうか、と…」

大好きな家族や友人は、皆東京にいる。

関西では友達もおらず、コミュニティーにも入れない。愚痴を言う相手もいない。

大人になってから、一から友人を作るのがこんなに大変だとは、思ってもいなかった。

そして何より、日々何もない自分に対して虚しさと悔しさが募る一方だったと言う。

「このままだと、自分が潰れてしまう。関西にも馴染めず、毎日ただただ恭平のご飯を作って帰りを待つ生活に耐えられなくなったんです」



—自分の居場所が、どこにもない。


その辛さは、体験した人にしか分からないかもしれない、と恵那は言う。

「子供ができて、ママ友の付き合いがあれば良かったのかもしれません。でも子供もおらず、仕事もしておらず、逆に恭平の両親が近くにいる分色々と付き合いが増える。もう、限界でした」

厳格な両親の元で育てられた恵那は、“離婚はいけない”と心のどこかで、ずっと思っていた。

一生添い遂げると誓った以上、自分さえ耐えれば離婚は避けられるし、これは自分のワガママなのかもしれない、と何度も踏みとどまった。

だが、日に日にストレスで痩せていく恵那を見た実の両親から、“もう帰っておいで”と言われたことで、ふっと肩の荷が降りたそうだ。

「離婚するまで、本当に悩みました。何度も何度も、泣きました。でも思い切って離婚した途端に、鎖が解けたような明るい気持ちになりました。それと同時に、どれほど自分が我慢しており、辛かったのかがよく分かったんです」

結局、話し合いを何度も重ね、二人は離婚に至る。

「彼からすると、最後まで“私のワガママ”と捉えていたみたいです」

離婚して、半年。

東京に戻ってきた恵那は現在実家暮らしだが、自分の居場所を再び見つけ、幸せに暮らしている。


▶NEXT:8月23日 木曜更新予定
よく聞く“性格の不一致”。その真実は?



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