「私、何のために頑張ってるの?」男の前で“デキる女”を演じ続けた、生真面目なセカンド女27歳の逆襲

「私、何のために頑張ってるの?」男の前で“デキる女”を演じ続けた、生真面目なセカンド女27歳の逆襲

東京には、全てが揃っている。

やりがいのある仕事、学生時代からの友だち、お洒落なレストランにショップ。

しかし便利で楽しい東京生活が長いと、どんどん身動きがとれなくなる。

社会人5年目、27歳。

結婚・転勤などの人生の転換期になるこの時期に、賢い東京の女たちはどんな決断をするのだろうか。

東京の荒波をスマートに乗りこなしてきたはずの彼女たちも、この変化にうまく対応できなかったりするものだ――。

前回は、早すぎた独立を後悔しながらも、アドバイスを受け前を向く千鶴を紹介した。今回は―?



<今週の東京の女>

名前:有希
年齢:27歳
職業:転職エージェント キャリアアドバイザー
年収:670万
実家:文京区小石川


File5:有希の場合


「頑張っている女ってセクシーで好きなんだよね、俺」

深夜12時の『ミントリーフ モヒートバー』。看板メニューのミントリーフ・モヒートを飲む啓介さんのごつごつした喉元の美しさに思わず見とれていると、目があった。

グラスを置き、白い歯を見せて、なぁ有希、と同意を求めたと思うと、啓介さんは右側に座る私の方に向き直り、体を少し寄せて来た。

―啓介さんがそうやって褒めてくれるから、私は頑張れる。

…と、ずっと思っていたけれど、そんなのやっぱりおかしいぞ、と冷静な私が今の状況を俯瞰で見ながら言っている。

この私が、何も知らないと思いますか。そう言ってモヒートの代金をバーカウンターに叩きつけ、颯爽と立ち去る―

そんなドラマチックなこと、できたらいいのに。でもできない、できるわけない。だから私はいつだっていい子そうな曖昧な笑顔を貼り付けて、隣に座っているだけだ。

仕事終わりにこうして啓介さんと会うようになってもう半年以上経つ。私も啓介さんも仕事柄終わりが遅いから、飲み始めるとあっという間に12時を回ってしまう。

「明日も仕事だろ?俺は予定夕方からだし、もう遅いから…」

啓介さんはもう一度私の目を覗き込んでくる。その続きを私に言わせようとする、ずる賢く、優しく、熱っぽい目。

「うん」とだけ返事をし、会計する啓介さんを待つ。そしてタクシーでワンメーターのところにある彼の部屋に向かう、という流れに今夜も従った。


今夜も流されて啓介の部屋に行く有希。彼女の悩みの正体は?

新卒で入った人材会社。3年目にキャリアアドバイザーの部署に異動した。転職希望者と面談し、会話をヒントにマッチしそうな求人を提供し、転職の成功をサポートするのが私の仕事だ。土曜も出勤がある。啓介さんは明日は非番らしい。

人材は、東京に集中している。どんなに飽和状態になったと言われても、この大都市にはもっといい場所はないかと多くの人がうごめいているのを、毎日肌で感じる。

啓介さんは隣のチームでリーダーをやっている、4歳上の先輩だ。

「頑張ってるの、いっつも見てるよ。」

昨年営業成績が振るわなくなり、残業仲間の啓介さんに相談に乗ってもらったのが始まりだった。結果ばかりを求める軍隊のような私のチームとは違い、努力の過程を見てくれる人がいることが嬉しかった。

その優しさと面倒見の良さに惹かれていくのは、時間の問題だった。

でも、啓介さんには彼女がいる。そして、彼は私がそれを知らないと思っている。

―そんな訳あるか。私をなめるな。

何度も何度も、それを言う自分を妄想する。こんなドラマチックな捨て台詞、言えたらいいのに―。

一晩過ごした啓介さんの家から土曜のオフィスに向かうタクシーの中、仕事モードに切り替えようと、ヴァンクリのヘアゴムで髪を束ね、気怠い頭を目覚めさせる。

今夜は大学のテニス部同期のみんなと食事の予定だ。スマホを手に取り、夕方に求職者との面談が入っているから遅れる、とLINEを入れた。

「了解!頑張ってね♡」「まってるよー!ファイト!」とすかさず返事が来る。タクシーの窓から入る冬の陽光のように眩しい、みんなの存在。

推測するに、啓介さんの彼女は、どこかのメーカーで事務職をやっているような、仕事と家庭を両立しそうな人。

「頑張っている女が好き。」

啓介さんの口癖だ。



きっと啓介さんは毎日定時で帰りそうなその彼女に、「頑張る女」の魅力を感じていない。私のように、髪振り乱して馬車馬の如く走り続ける女の方が好きなんだ。私はそういう面では、啓介さんの一番なんだ。だから頑張った。

啓介さんと親しくなってから、私の営業成績はあっと言う間にチームトップになった。上期の査定ではボーナスも弾み、年収が上がった。

彼のアドバイスのお蔭でもあるが、トップでなくなったら見向きもされなくなる気がしてめちゃくちゃに働いた、それが一番の理由だ。

でもふと立ち止まって考える。この努力は、何のための努力なんだろう。

いつの間にか啓介さんの2番手をキープするためだけに、営業トップにこだわり続けている。仕事に対して、自分で余計なプレッシャーを与えてしまっている毎日に、気が狂いそうだ。

“冷静で、賢い、なんでもできる有希ちゃん”

両親は、いつも結果だけを見て、私をそうやって褒めた。

テレビ局のアナウンサーの母とプロデューサーの父は、共働きで夜も遅く、殆ど家に居なかった。運動会も授業参観も、生放送があるからと来てくれたことはなかった。私には家庭教師がつき、習い事があった。そのせいか勉強もスポーツも人並み以上にできた。

褒められるのは嫌いじゃなかった。でも、そうじゃない、見てほしいのは、結果だけじゃない。その本音を言えないまま、大人になってしまっていた。

タクシーを降り、フロアに向かった。とにかく、仕事だ。



「きっと成功させてみせます。一緒に頑張りましょうね。」

笑顔を顔面に貼り付け、面談者の乗ったエレベータを深いお辞儀で見送る。

(正直なところ、この経歴ではご希望の職種は難しいかと思います。)

それが言えなかった。

フロアに戻り、今日の面談内容を踏まえ、少しでも希望に当てはまりそうな求人と、絶対に転職した方がいいと念押しのメールを入れた。あの人を転職させれば、また私の数字は稼げる。

面談者には隙のない人間に見えるように振る舞っているのに、本当の私はただ数字が欲しいだけだ。公私ともに何一つ正直な気持ちが言えない。

大きくため息をつき、電源を落としたパソコンをバッグに入れ、足早に新丸ビルの『Le REMOIS』に向かった。


疲れた心身を引き摺り、店に向かう有希。彼女が目撃したものは…?そして、自分の中に見出したものとは。

何のために、東京で走り続けるのか


きっと今頃、誰が結婚するとか、誰に彼氏ができたとか、みんな騒いでいるだろう。だから私も今夜は純粋に楽しもうと思い直し、新丸ビルのエスカレーターに乗り込む。

「もうすぐ着くよ」

そうみんなにLINEをして、スマホから顔を上げると、見慣れた背中が目の前にあった。

―……啓介さん?

その隣には、彼女と思われる女性。この寒いのに肩の大きく開いたオフショルダーのピンクのニットを着て、啓介さんの腕にわかりやすく胸を押し当てている。

あんな女が、彼女だったなんて。

「…介さん」

その小さな呟きは、聞こえるわけもない。

現実を目の当たりにし、私の中で張り詰めていた糸がぷちん、と切れていくのがわかった。

レストランフロアで、2人の前に回り込む。あからさまに困惑する啓介さんの顔と、迷惑そうな顔で彼にしな垂れかかる肩出し女。

ちょっとこの人なにー?と、女が鼻にかかった声を出し啓介さんを見上げる。

「啓介さん、偶然ですね!昨日も、ありがとうございました。いつもいつも、電車のない時間まで、ご一緒してもらって。…モヒート、おいしかったです!

…あ、彼女さん……いらしたんですね。デート中におじゃましました!」

近くの化粧室に駆け込む。きっと今頃、2人は修羅場だ。

これで、終わりだ。啓介さんとの関係も、取り繕ってばかりの自分も。

息が上がっている。気も動転している。みんなに会えないのは残念だけど、今日は帰ろう。連絡を入れるためにスマホを取り出したときだった。

「あれ、有希〜!久しぶり!」

化粧室のミラーの前で振り返った美女。ニットワンピースから出た美しく長い脚、小さな顔に大きなパーツ。花が咲いたような笑顔。久々に見る満理奈は、一段と美しさに磨きがかかっていた。

「みんな、有希のこと待ってたよ!早く来てね」

微笑んで通り過ぎようとする満理奈からは、ミモザの香り。この間、啓介さんと会う前につけようと思って買った、ジョーマローンと同じ匂いがした。会社のロッカーに入れたまま、まだ使っていない。

気付くと私は、満理奈にしがみつくようにして泣いていた。



「ちょっと、どうした〜?」

満理奈は私の背中をさすってくれた。これまでの経緯をかいつまんで話すと、にこっと笑って言った。

「よく頑張ったね、有希。はやく、みんなのところに行ってあげてよ。みんな、実は仕事で悩んでる。頑張り屋の有希なら、みんなの悩みもわかって、きっとカウンセラーになれると思う」

落ち着いたら来てね、という言葉とミモザの香りを残し、満理奈は去って行った。

頑張り屋―。

何のために頑張るか。みんなに会ったら、わかるかも。

店に入ると、丁度フリーランスになったばかりの千鶴がみんなに悩み相談をしているところだった。

生活をより良くしたい、仕事をよりよくしたい、でも、うまくいかない。こういう人たちの悩みのために、私は頑張っているのだ。自分のためだけじゃない。

当たり前の答えなのに、色んな欲望が絡み合っているこの東京はあまりに目まぐるしい。そしてその欲望の渦に揉まれているうちに、正しい道を見失いそうになる。

息を吸い込んで言った。

「仕事モードで悪い、千鶴。でも、千鶴の生活をちょっとでも良くする方法があるかもしれない」

私の言葉でほぐれていく千鶴の表情を、しっかり目に焼き付けた。


▶NEXT 12月19日水曜更新
FILE 6 既婚の読者モデル、満理奈の場合。



関連記事

東京カレンダーの他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

トレンド アクセスランキング

ランキングの続きを見る

トレンド 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る

記事検索